
「女は己の足を休める止まり木一本あればどこでも生きていけるが、
男は、その止まり木を縦に繋ぎ、横に繋ぎ、大層な足場をこさえてからでないと、安心して足を着けられぬものらしい。
その足場を上れば嬉々とし、下ればしゅんとする。足場そのものが壊れれば、己も壊れかねない。止まり木一本で十分な女と比べれば、随分とひ弱な生き物なのかもしれん」
■伊賀の残光|青山文平|新潮社|文庫版2015年10月ISBN: 9784101200910/原題:流水浮木-最後の太刀|新潮社|2013年6月|△
山岡晋平62歳。かつての伊賀同心は170年後の安永の世、勤めは大手三之門の門番、30俵2人扶持。あり余る時間をサツキの苗木の栽培に充てている。
小林勘兵衛、横尾太一、川井佐吉、9年前に逝った中森源三。かつての餓鬼大将と仲間たち。うち一人が殺害され、晋平は事件に巻き込まれていく。
この作家の3つの特徴。
その1、二つの顔をもつ男。損料屋の半四郎、軽業の新之助、御掃除之者の平太など、じつは別の顔をもつ魅力的な男が登場する。
その2、江戸“知らなかった”話。足高の制。
――足高の制は、8代吉宗公が初めて実施した人材登用策である。それまで、武家が御役目を果たす上での費用は自らの家禄から賄っており、おのずと重い御役目に就くのは大身の旗本に限られていた。
それを足高の制では、それぞれの御役目に職禄を定めて、家禄との差を埋めることにした。もしも家禄5百石の旗本が職禄3千石の町奉行に就けば、その差額2千5百石が支給される。
家柄よりも、本人の力を重んじるという、人材登用策の転換を象徴する施策だが、その施策はまた、享保の頃から、家柄の良い者よりも力のある者を使わざるをえない、難儀な時代が始まったことを表わしてもいた。(本書)
その3、剣技。浮木。
――浮木は、一刀流の要技の一つである。こちらの剣を押さえ込もうとする相手の力を使って、向こうの上太刀を取る。〔…〕
「水に浮く木のように、力任せに押さえつける相手の剣を軽くいなして起き上がり、守りから攻めへ瞬時に転じるのが、浮き木だ」(本書)
本書は、はるか昔の伊賀衆に端を発するため、“説明”が多く、“説明”でストーリーが展開する。そのつど立ち止まってしまうので、読後感は爽快とはいえない。
青山文平■つまをめとらば
青山文平■鬼はもとより
青山文平■白樫の樹の下で
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