
わたしは死んだ事がないので、死が最悪の不幸であるのかどうか分かりません。他者になった事
もないから、すべての命の尊さだの素晴らしさだのも、厳密にはわからないままかも知れません。
そのせいか、時に「誰もかれも」の「死」の数で悲劇の重さを量らぬばならぬ「戦災もの」を、どうもうまく理解出来ていない気がします。
そこで、この作品では、戦時の生活がだらだら続く様子を描く事にしました。
そしてまず、そこにだって幾つも転がっていた筈の「誰か」の「生」の悲しみやきらめきを知ろうとしました。
呉市は今も昔も、勇ましさとたおやかさを併せ持つ不思議な都市です。わたしにとっては母の故郷です。わたしに繋がる人々が呉で何を願い、失い、敗戦を迎え、その二三年後にわたしと出会ったのかは、その幾人かが亡くなってしまった今となっては確かめようもありません。
だから、この作品は解釈の一つにすぎません。ただ出会えたかれらの朗らかで穏やかな「生」の「記憶」を拠り所に、描き続けました。
正直、描き終えられるとは思いませんでした。(あとがき)
★この世界の片隅に(上・中・下)|こうの史代|双葉社|2008年2月・8月・2009年4月|評価=◎おすすめ
評判のアニメ映画『この世界の片隅に』(2016年・片渕須直監督)を見た帰り、書店に寄って孫にと本書こうの史代のまんがを買ってきた。
絵の得意な浦野すずが北條周作に嫁ぎ、軍港の街呉での戦中の日々が描かれる。
本書は、昭和18年12月から20年9月が舞台の40編、その前に昭和9、10、13年が舞台の短編3作、その後に昭和20,21年の短編5作で構成されている。
こうの史代は、1968年広島生まれ。かなり綿密に取材したらしく、たとえば、当時の衣(着物をもんぺに)・食(楠公飯)・住(警戒警報が発令されたら)から愛国かるた、防空用機材、焼夷弾、呉鎮守府などの図解まで丹念に描かれている。
あとがきにあるように「戦時の生活がだらだら続く様子を描く」ことによって、逆にスリリングな展開になっている。

映画の方は、第1に、片渕須直監督がさらに時代考証を重ねたようで、そのディテールが興味深い。第2に、こうの史代の絵を水彩画のあわあわとしたイメージにした背景がすばらしい。第3に、すずの声を担当する“のん”(元の事務所とのトラブルで“能年玲奈”という本名が使えないらしい)の原作どおりの「しみじみニヤニヤしとるんじゃ!」のセリフもかわいい。
第4に、なによりも遊郭のリンとのかかわりがかなり省略されている以外は、原作に忠実で換骨奪胎していないのが好ましい。
というわけで中学生の孫が、興味を示すかどうか。
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