松方弘樹・伊藤彰彦★無冠の男――松方弘樹伝
主役がお芝居をやり過ぎるとお客さんがついてこられないんです。上手すぎると疲れるんです。だから「出」(出番)が多い主役のときは淡々と演じます。それば時代劇のときもやくざ映画のときも一緒です。〔…〕
主役は脇からいろんな役者にもたれられるから“もたれ”っていうんです。
たとえば『仁義なき戦い』シリーズで、金子信雄さんが主役を食おうと文ちゃんにかかっていくわけじゃないですか。僕も文ちゃんに絡んでいきます。
そうやってもたれかかってくる共演者をうまぁく、それぞれの技倆を見ながら捌いてゆくのが主役なんです。
主役は上手に脇をもたれさせてやらなきやならないんです。
「俺が…‥俺が…‥」でやると錦兄イと成田三樹夫さんみたいに喧嘩になっちゃいます。
松方弘樹(1942~2017)への長時間インタビューを元にした評伝である。当方、松方の映画はほとんど見ていない。本書を手にしたのは、著者に伊藤彰彦の名があったからである。
伊藤彰彦『映画の奈落――北陸代理戦争事件』(2014)。なにしろ『北陸代理戦争』(1977・深作欣二監督)公開後、映画のモデルとなった親分がその舞台となった場所で殺害される。映画がつくられるプロセスとモデルとなった実在のヤクザたちを追ったノンフィクションの傑作である。
松方弘樹といえば、こんな話を思いだした。倉本聰が勝新太郎から、ある親分の伝記を書いてくれと頼まれ、二人で神戸へ行き、そこでヤクザの連中と飲んだときの話だ。
――ちょうど「仁義なき戦い」が封切られて、ヒットしかけていた時なんだけど、「やくざを演じるのに一番うまい俳優は誰か」っていう役者論になったんです。「菅原文太は違うぜ」「小林旭も。あんなに格好良くない」って、1人ずつくさしていくんです。「おらんな」。そして、最後に1人が「ああおったぜ」って叫んだ。「誰だ」「松方(弘樹)だ」。そうすると、みんなが「そうだ。あれこそやくざだ」ってことで一致しました。その理由は「あの間のずれた感じと、センスの悪い洋服の感じがまさしくやくざなんだ」って。(『聞き書き倉本聰ドラマ人生』・2013)
さて、本論。第2東映の剣豪スター・近衛十四郎の息子・松方弘樹、旗本退屈男・市川右太衛門の息子・北大路欣也とが、月形龍之介の『水戸黄門 助さん格さん大暴れ』(沢島忠監督)で売り出したのが、1961年。松方は東映の暴れん坊、北大路は東映のプリンスと名づけられた。
小学生の時、“世の中で一番偉い人間”と思っていた父が、ある人にぺこぺこお辞儀をしている場面にでくわす。それが御大・右太衛門。その横に目玉をギョロギョロさせている子がいて、それが欣也(1943~)。この子には負けたくないと。ライバル関係はここからスタートする。
父近衛十四郎を「近衛さん」と呼ぶ。。中村錦之助は「錦兄ィ」、鶴田浩二は「鶴田のおっさん」。 この三人は松方が、畏敬し、心酔し、私淑した人たちだ。東映は、千恵蔵×右太衛門、錦之助×橋蔵、鶴田×高倉というように、つねに両雄を並び立てる。松方は鶴田派なので、高倉健は「ぜんぜん男らしくない。“男高倉健”はまったくの虚像」で「唯一、好きになれなかった先輩」だと手厳しい。
その高倉が文化勲章を、また北大路欣也が旭日小綬章を、しかし弘樹は“無冠の男”を貫き通した。弘樹×欣也という両雄関係とファンはみたかどうか。たとえば『仁義なき戦い』5部作で、欣也は事実上の主役を2作、しかし弘樹は3作にでるが脇役だった。本人は語っていないが、生涯のライバルは北大路欣也だっただろう。
当方が、本書で最も惹かれたのは上掲の“もたれ”ような芸談の数々である。
たとえば萬屋錦之介が12年ぶりに東映に帰った『柳生一族の陰謀』(1978・深作欣二監督)は、 錦之介の但馬守の大仰なセリフ回し、松方の家光の顔の三分の一を覆う大きな赤痣のメーキャップ、烏丸少将の成田三樹夫の“怪優”ぶりが評判だった。
ところが錦之介が成田に「お前の芝居は流れていて面白くない」、“生き殺し”(強弱)がないと酒の席で大喧嘩になったという。
また、リメイク版の『十三人の刺客』(2010・三池崇史監督)のラストの死闘で、13人のうち、松方さんの表情だけがはっきりわかります。なぜでしょう?と問われて……。
――それは立ち廻りの合間に、一瞬止まっているから。僕だけが止まっていて、あとの俳優さんは流れています。立ち廻りは“動”ばかりではダメで、“静”があって、止まったところの表情を見せないと、その人物の気持ちが見えないんです。(本書)
松方は入社したとたんに映画が斜陽になり、時代劇でやっと主役を張れたと思うと時代劇が終わり、みんなテレビや舞台に活動の場を移すが、松方は脇役として任侠映画を支え続ける。
そういえば、『北陸代理戦争』は新仁義なき戦いシリーズとして企画されたが、菅原文太がもうヤクザ役は嫌と断ったため松方弘樹が主役を務めた。以後、実録物で文太の跡を継ぐと期待されたが、映画と事件が混在したトラブルの発生したため、東映は実録やくざ路線を中止し、一気に終息に向かったのだ。
松方弘樹は時代劇、侠客もの、実録もの、大作もの、Vシネマと確かに“遅れてきた最後の東映スター”である。
――いままでやってなかった吉良上野介をやりたいですね。『忠臣蔵』の役柄は役者にとっての道しるべみたいなものなんですよ。10代のころは大石主税、20代になったら浅野内匠頭、30代だと堀部安兵衛、40から50ぐらいになると目標は大石内蔵助ですよ。それで60、70になると吉良上野介が回ってくる。僕は大石までは全部やってるんです。あと吉良だけやっていない。これから吉良をどうやるか……それが楽しみですね。(本書)
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