村上 春樹★騎士団長殺し―― 第2部 遷ろうメタファー編
「『人に訪れる最大の驚きは老齢だ』と言ったのは誰だっけな?」
しかしイデアが形体化し、飛鳥の衣装をまとった体長60cmの騎士団長となって現れる。また「顔なが」として現れるメタファー。まことに興味深く、村上作品の世界を満喫した。
上巻に続いて、卓抜な警句と、意表を突く比喩(しかし今回はいまいち精彩がない)、以下はそのコレクション。
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「実を言うと、私にはジンクスみたいなのがあるんです」、彼女はにっこり笑って栞をはさみ、本を閉じた。
「読んでいる本の題名を誰かに教えると、なぜかその本を最後まで読み切ることができないんです。だいだいいつも思いもかけない何かが起こって、途中で読めなくなってしまう」
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「うちの父親は自分の人生について他人に語るということをしない人だった。〔…〕むしろ地面についた自分の足跡を、箒を使って注意深く消しながら、後ろ向きに歩いているような人だった」
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「理論的には」と騎士団長は言った。「しかしそれはあくまで理論上のことである。現実にはそれは現実的ではあらない。なぜならば、人が何かを考えるのをやめようと思って、考えるのをやめることは、ほとんど不可能だからだ。何かを考えるのをやめようと考えるのも考えのひとつであって、その考えを持っている限り、その何かもまた考えられているからだ。何かを考えるのをやめるためには、それをやめようと考えること自体をやめなくてはならない」
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「しかし若くして伝説になることのメリットはほとんど何もありません。というか、私に言わせればそれは一種の悪夢でさえあります。いったんそうなってしまうと、長い余生を自らの伝説をなぞりながら生きていくしかないし、それくらい退屈な人生はありませんからね」
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「このベッドはきっと遠からず解体するわよね」と彼女は性交の途中、一息ついているときに予言した。「ベッドのかけらなのか、グリコ・ポッキーなのか見分けがつかないくらい見事にばらばらに砕けると思う」
「我々はもう少し穏やかにそっと、ことをおこなうべきなのかもしれない」
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「ところで、お父さんの具合はどうだった?」と私は尋ねた。
雨田は小さくため息をついた。「相変わらずだよ。頭は完全に断線している。卵ときんたまの見分けもつかないくらいだ」
「床に落として割れたら、それは卵だ」と私は言った。
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受話器は相変わらずひどく重く感じられた。まるで石器時代に作られた受話器のように。
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我々の生きているこの世界では、雨は30パーセント降ったり、70パーセント降ったりする。たぶん真実だって同じようをものだろう。30パーセント真実であったり、70パーセント真実であったり。
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「この世界には確かをことなんて何ひとつをいかもしれない」と私は言った。「でも少くとも何かを信じることはできる」
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