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2017.06.16

森 健★小倉昌男祈りと経営――ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの……☆「思い」を共有して取材する

20170616

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 精神の病は秘匿されるものだった。そんな時代に、倉は妻と娘の病を抱え、対時していた。〔…〕

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 真理は中学にして長期の入院をし、長じてはアルコール依存や摂食障害になった。妻の玲子は世間体に対するストレスや娘との対立から、アルコール依存や抑うつ状態になっていた。

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 たびたび家庭内で繰り返された毒の込められた言葉の応酬。そんな地獄絵図のようななかで、小倉は二人を叱らず、つねに暖味な態度に終始していた。〔…〕

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 娘がいかに暴れようとも、妻がいかにアルコールに溺れようとも、そして自分を傷つけようとも、

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心の病とわかっていたから怒れなかったのである。

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小倉昌男 祈りと経営――ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの|森 健|小学館|20161|ISBN9784093798792|◎=おすすめ

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 クロネコヤマトの創始者小倉昌男(19242005)の著書やヤマト関連の書籍を読んでも、どうしてもわからないことが三つあったと、著者はいう。

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1に、小倉はなぜとんどの私財を投じて福祉の世界へ入ったのか。

2に、宅急便では運輸省の免許を巡って悪習的な規制と闘い、メール便では郵政省と「信書」を巡る論争で闘った。だが、本人には「闘士」というイメージとは程遠い。

3に、80歳という高齢で進行中のがんを抱え、なぜアメリカへ行き、そこで亡くなったのか。

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 さてヤマトといえば、当方も仲間と季刊誌をつくっていたころ、近くの営業所のお世話になった時期があった。また大きな郵便局に勤める知人が、ヤマトの「信書」問題を声高に誹謗して、ひんしゅくをかっていた記憶もある。しかし当方は、小倉が障害者が働くパン屋「スワンベーカリー」の立ち上げを、障害者が月給で十万円はもらえるような仕組みに取り組んだ、という雑誌記事で、これぞ本物の福祉と驚いた。謝礼程度の報酬でも働く場が確保されるだけでありがたいと思えという障害者福祉の時代だった(いまも変わらないが)。

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 小倉が亡くなって10年。当方はクロネコはブラック企業になってしまったと危ぶんでいた。配達員が車を止めてから配達先まで荷物を抱えて走るのである。なぜ走るのか。そこにブラックを見ていた。横田増生仁義なき宅配:――ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾンでサービス残業の実態も知った。

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 ところがつい最近ヤマトが変わり始めた。対外的な物流システムの改革ではなく、内部の労働環境など業務改善に対してである。創業者小倉昌男スピリットへ戻ることを利用者として期待している。

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 さて、小倉昌男の家庭は、上掲のように病み始める。娘の結婚相手が黒人のアメリカ人だったことでピークを迎える。

 紆余曲折があり、妻の俳句にその心象が……。

星飛ぶやオセロゲームの白と黒 (1988年)

 やがて孫が生まれ、喜びを知る。

さわやかや混血の子の蒙古斑 (1990年)

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 妻は1991年に急死する(自死がほのめかされている)。娘は閉鎖病棟に入院する。

 小倉は妻に倣って俳句をたしなんでいたが、孫の句を作ったのは、ずっと後。

唐黍や混血の子の歯の白き (1992年)

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 ――後半の人生をかけて、小倉は精神の病に向き合わざるをえなかった。その根っこにあったのは、何万人もの障害者に対してというより、妻と娘に対する一人の父、どこの家族にも共通する父親としての思いだったように映る。(本書)

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 アメリカに住む娘は、1994年、境界性パーソナリティ障害と判明し、ついに2006年以降、処方される薬で落ち着き問題がなくなった。その娘が言う。

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 ――「英語で『コーリング(calling)』って表現があるんですが、ご存じですか。〔…〕ふつうの訳でコールは『呼ぶ』という意味です。しかし、キリスト教でのコーリングには『自分の生きる意味』『神のお召し』といった特殊な意味もあるのです。自分が何のために生き、何をするか。最近、私のコーリングは、そんな精神障害へのサポートではないかと感じているんです」(本書)

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 著者は取材をすすめながら、「小倉の抱えていた思いを痛いように共有していく」のである。そして小倉の死から10年、娘が病気から自由になり、そして息子もヤマトを退職し自由になる。その明るいきざしの中で著者は取材を終える。

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 ――人生は続く。

 不格好であろうが、不揃いであろうが、人生は続く。(本書)

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 本書を読んだのは1年前。迷走する大宅壮一ノンフィクション賞は、このたび大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞とを改称され、本書が受賞した。

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 以前、梯久美子 『狂うひと――「死の棘」の妻・島尾ミホ』がメディアへの露出で群を抜いていたので当方は同賞受賞を予想したが、しかし主人公には共感できずただただスル―したい、と書いた。大崎善生『いつかの夏――名古屋闇サイト殺人事件』にしても、被害者・加害者に思い入れができなかった。

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 森 健『小倉昌男 祈りと経営――ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの』は、小倉へのリスペクトとやさしいまなざしで彩られ、読後にさわやかさを残した。選考顧問の後藤正治の好みでもあっただろう。読者賞の菅野完『日本会議の研究』は、別稿に。

 

森 健▼「つなみ」の子どもたち――作文に書かれなかった物語

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