2017年■傑作ノンフィクション★ベスト10
ことし2017年に刊行されたノンフィクションのなかから10点を選んだ。 ノンフィクション全般に目配りするのではなく、当方の“好み”を色濃く反映させた。
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新郷由起★絶望老人 |
☆単に年を重ねただけで誰もが“人生の達人”になれる訳ではない。
宝島社|2017年3月
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仕事がなくなって、エロや色恋も抜け落ちた無趣味の連中は、途端に生気が抜けた廃人のようになっちゃって、街には“生ゴミ”のようにしてくすぶっているジイサンがごまんといるでしょう?
金持ちでも貧乏人でも、年を取ったら自分でやること、やれることを見つけて、自分の中で筋を通していける人が一番幸せなんだと思うな。
カツコいいよ、そういう風に生きてる人はさ。
☆ノンキャリアという石つぶてが放つ哀感にじむノンフィクション。
講談社|2017年7月
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生まれつきの犯罪者はいない。環境が人間を変えていくのだ。
不正を許す環境に身を任せたときに、人間が犯してしまった部分が犯罪であって、その部分だけは責任を取ってもらわなければいけない。
俺たち捜査二課の刑事というものは、取り調べて、落とし、刑務所に送ることが最後の目的ではない。人間がその罪を償った後、対等の関係になって、できれば付き合うということが本当の役目なのだ。捕まえることだけが目的ではない。
☆事件の展開から動機の解明、司法制度の課題までを網羅した“完全版”ノンフィクション。
光文社|2017年5月
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件名:【遠隔操作事件】私が真犯人です
警察・検察の方へ あそんでくれてありがとう。
今回はこのぐらいにしておくけれど、またいつかあそびましょうねーーー
いずれの件でも、本当に凶行に及ぶつもりはありませんでしたのでご安心ください。
☆日本社会で何が一番変化したかと問われると、それは「雇用」だ、と。
岩波書店|2017年1月
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番組を担当した四半世紀近くの間に、何が一番変化したのか。
それは経済が最優先になり、人がコストを減らす対象とされるようになったこと。
そして、一人ひとりが社会の動きに翻弄されやすく、自分が望む人生を歩めないかもしれないという不安を早くから抱き、自らの存在を弱く小さな存在と捉えるようになってしまったのではないかと思っていた。
☆家族や恋人や知らない男から暴力を受け、逃げて、居場所をつくるまで。
太田出版|2017年2月
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彼女たちは、家族や恋人や男たちから暴力を受けて、生きのびるためにその場所から逃げようとします。
オレンジ色の基地特有の光が照らす、米軍基地のフェンスによって分断された無数の街は、彼女たちが見た街です。
どこからも助けはやってこない。
彼女たちは裸足でそこから逃げるのです。
☆サントリー後輩による連作エッセイ風評伝。
筑摩書房|2017年3月
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しかし開高の全体像においては、見えない陰の部分が、今もって数多く存在する。理由は明白で、簡単なことだ。
それは、このすぐれた小説家の伝記的な研究が、やはりまだ不十分ということなのである。
そのため、単なる“開高伝説”に惑わされていることが少なくないのではあるまいか。ひとは“伝説”を壊すようなことを、あえてしたくないからだ。
☆明治生れの祖父・寛、大正生まれの父・晋太郎、昭和生まれの晋三という「安倍三代」。
朝日新聞出版|2017年1月
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「主人は、政治家にならなければ、映画監督になりたかったという人なんです。映像の中の主人公をイメージして、自分だったらこうするっていうのを、いつも考えているんです。
だから私は、主人は安倍晋三という日本国の総理大臣を、ある意味では演じているところがあるのかなと思っています」
☆安倍礼讃本『総理』の著者にレイプされた!真実を追求する。
文藝春秋 |2017年10月
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すると、山口氏は、
「パンツくらいお土産にさせてよ」
と言った。
それを聞いた私は全身の力が抜けて崩れ落ち、ぺタンと床に座り込んだ。〔…〕
「今まで出来る女みたいだったのに、今は困った子どもみたいで可愛いね」
と山口氏が言った。
一刻も早く、部屋の外へ出なければならない。パンツをようやく渡され、服を急いで身にまとった。
☆“遅れてきた最後の東映スター”の芸談の数々。
講談社|2017年02月
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主役は脇からいろんな役者にもたれられるから“もたれ”っていうんです。
たとえば『仁義なき戦い』シリーズで、金子信雄さんが主役を食おうと文ちゃんにかかっていくわけじゃないですか。僕も文ちゃんに絡んでいきます。
そうやってもたれかかってくる共演者をうまぁく、それぞれの技倆を見ながら捌いてゆくのが主役なんです。
主役は上手に脇をもたれさせてやらなきやならないんです。
☆アパレル業界の「思考停止」と新興プレイヤーの参入を追う
日経BP社|2017年5月
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消費者はもう洋服を買うためにわざわざ売り場まで足を運びたいとは思っていない。いつも新品ばかりを買いたいわけでもない。洋服を買うだけでなく、中古品を売買することにも興味を持つ。この変化に目を向けず、今まで通り新品を大量に売り場に並べるだけではもう見向きはされない。
“生涯編集長”
元木昌彦 ★現代の“見えざる手”――19の闇 |
(2017)という対談集に、こんな記述がある。
――私の周りには私と同年代の高齢ノンフィクション・ライターがいっぱいいます。若い時は原稿料は安いけど働く雑誌はたくさんありました。〔…〕特にノンフィクションは取材費や資料代がかかります。しかも、ノンフィクションを載せる雑誌も次々に潰れ、出版社も売れないから単行本も出したがらない。
大きな賞である大宅壮一ノンフィクション賞をとったノンフィクション・ライターでも苦しい生活をしている人が多くて、地方にいて東京に出てくる電車賃がないという人もいます。病気をして奥さんが救急車を呼んだけど「カネがないから入院しない」と救急車を返してしまった先輩ライターもいる。(同書)
取材費が高額、発表の場がない、本が売れない。ところがそれ以上に、取材が困難になっている現状を知った。
澤 康臣★グローバル・ジャーナリズム |
(2017)に以下の記述がある。
―― 刑事訴訟法に新たな条文が付け加えられ、検察が弁護人に開示した検察側証拠を裁判以外の目的に使うことが禁じられた。だから記者に提供することも禁止である。
冤罪の訴えを調べたり、裁判を詳しく取材したりする記者は、弁護人と協力関係を築き、裁判資料のコピーをもらって読み込むことがよくある。それが犯罪になってしまうのだ。〔…〕
記者どころか、被告人本人が裁判所の外で冤罪を訴えるため、こうした資料をビラやパンフレット、ウェブサイトに掲載するのも「目的外使用」に当たるため禁止された。(同書)
このほか、個人情報の過剰な保護、また冤罪を訴えたり刑事手続きや裁判を検証したりすることが犯罪となってしまう刑事訴訟法「目的外使用の禁止」条項などによって、ノンフィクションを書くことできなくなっていく現状が分かった。
ところで、武田徹★日本ノンフィクション史(2017)が出版され、大いに期待して読んだ。だが「ノンフィクション“論”の“史”」に終始し、残念ながら「ノンフィクション史」ではない。
たとえば、こういう時代だからこそ、過去に優れた作品を書いたノンフィクション作家たちを“史”のなかで顕彰してほしかった。本書を読んでいちばんがっかりしているのは現役のノンフィクション作家たちだろう。そしてノンフィクションの新たな書き手の登場を促すようなノンフィクション“史”を期待したいのだが……。http://heiseiinnyokujiten.blog.fc2.com/blog-entry-942.html
そんななか藤井誠二★僕たちはなぜ取材するのか(2017)に注目した。
ノンフィクションの書き手たちに藤井がインタビューしたもの。中原一歩、上原善広、安田浩一、尹雄大、土方宏史、森達也といった顔ぶれである。安田の発言を引く。
――廃業する同業者があとを絶たないのも当然です。僕も金の面ではつねに不安を抱えている。それに、僕は本当に人間が怖いし、話をするのも苦手です。臆病で卑屈な人間です。
それでもやはり、取材は楽しい。知ること、発見することの楽しさがあるからこそ、どんなに割の合わない商売であっても、ライターを続けている。取材現場で感じる不安や葛藤も記録として残しておきたい。(本書)
※なお読了しておれば、谷川俊太郎・尾崎真理子★詩人なんて呼ばれて(新潮社・2017年10月)をオーラルヒストリーの傑作としてベスト10に加えていた。
さて、2017年ベスト10には選ばなかったものの、十分に楽しませてくれたノンフィクションは、以下の通り。
東海テレビ取材班★ヤクザと憲法――「暴排条例」は何を守るのか
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