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2019.10.02

江國香織◎旅ドロップ

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  絵を買うのは勇気のいることだ。自分がその絵にふさわしいかどうか心配になる。

  その絵にふさわしい場所を与えられるのかどうかも。動物を飼うのと似た責任を感じる。

  しかも、絵は動物と違って死んだりしないので、私が買っても、それは私が死ぬまで(あるいは手放すまで)あずかっているに過ぎない。(「年中眺めていたかった版画のこと」)

#江國香織◎#旅ドロップ  2019.07/小学館


  JR九州の「旅のライブ情報誌」『Pleaseプリーズ』に連載の11,000字程度の短いエッセイ。

 上掲は、パリ、セーヌ川ぞいの画廊で見つけた緑色を基調にした版画。店主に、一晩考えたいので一日だけその絵を売らないでほしいと頼んだ。が、心は決まっていた。それを掛ける場所について考えていた。ところが翌朝、ホテルを出て、歩いても歩いても、その店が見つからない。川ぞいなので迷うはずがないのに、おなじ道を何度往復しても見つからない。

 絵といえば、同氏の旧著『日のあたる白い壁』(2001)を思いだした。

 画家27人の絵にまつわるエッセイ集。“絵を見ること。その見た絵を文字にすること”の理想的なサンプル本だった。

  本書にはこんなフレーズもある。

  ――それにしても、世のなかではなぜこうもにこやかがよしとされているのだろう。もしほんとうに“いつもにこにこ”している人がいたら、それはかなり不気味だ。笑顔というのはもっとプライヴュートで、ありふれてはいても特別で、輝かしく幸福なもののはずなのだから。 (「にこやか問題」)

  ――昔、家族で外食したり親戚の家を訪ねたりして、半日くらい家をあげたあと、帰ると母がよく門の前で、「ああ、よかった、家がまだあって」と言った。〔…〕いまは、母の気持ちがこわいほどわかる。「ああ、よかった、家がまだあって」

旅から帰って嬉しい気持ちのほとんどは、それに尽きるのではないかと思う。 (「帰る場所のこと」)

 

江國香織◎旅ドロップ

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