佐々涼子★エンド・オブ・ライフ …………人生の最期のあり方を、読者が自らに問うことを促す。2020年ベスト1の傑作ノンフィクション
「在宅医療について語ると言われて今までついてをました。でも、まとまった話は今まで聞いてないですよね。どうですか、話したいことがありますか?」
森山は肩で息をしながら、ふふふっと笑った。〔…〕
「これこそ在宅のもっとも幸福な過ごし方じゃないですか。自分の好きなように過ごし、自分の好きな人と、身体の調子を見ながら、『よし、行くぞ』と言って、好きなものを食べて、好きな場所に出かける。病院では絶対にできない生活でした」
「……、そっか」
これが、200人以上を看取ってきた彼の選択した最期の日々の過ごし方。抗がん剤をやめたあとは、医療や看護の介入もほとんど受けることはなかった。
毎日、まるで夏休みの子どものようにあゆみと遊び暮らすのが森山の選択だったのだ。
常々「捨てる看護」を唱え、看護職の枠を超えた人間としてのケアを目指した彼は、西洋医学の専門職を降りて、すべての治療をやめ、家族の中に帰っていった。
医療も看護もなく、療養という名も排した、名前のつかないありふれた日々を過ごすことを選んだのだ。
★エンド・オブ・ライフ 佐々涼子/2020年2月/集英社インターナショナル/◎=おすすめ
京都の渡辺西賀茂診療所で、訪問看護師として働く森山文則は、ここ数年で200人以上を看取ってきており、がん患者の看護経験も多い。その森山にすい臓がんが見つかる。すでにステージ4。
著者は森山から「将来、看護師になる学生たちに、患者の視点からも在宅医療を語りたい。そういう教科書を作りたい」と共同執筆を依頼される。著者は横浜から京都まで通うが、森山は代替医療や自然食品、湯治や寺社巡りに興味を示し、取材はいっこうに進まない。
京都の診療所での看護のいくつかが紹介されている。
敬子の場合――。がんは膀胱に浸潤し神経を圧迫し、人工肛門をつけた状態で、家族4人でディズニーランドへゆく。看護スタッフが業務の一環として同行し、著者も誘われる。敬子は救護室で休憩をとりつつ娘たちの笑顔を喜ぶ。家族4人が肩を組みピースサインの写真も撮った。翌日、入院。
――敬子は難度も意識を取り戻し、最後の最後まで一人一人に声をかけた。やがて声が出なくなったが、それでもクリクリした大きな目を開けて、その場にいた全員の顔を見渡した。
家族の「頑張れ、すごいね」という声に励まされ、一生懸命呼吸をしていたが、やがて最後のひと呼吸をするとそれきり息を引き取った。
周囲が静まり返る。
パチパチパチパチ……。
思いもかけず拍手が起きた。拍手の主は敬子の姉だった。続いてその場にいた人たちから次々と拍手が沸き起こった。それはいつまでも続いた。みな、目にいっぱい涙を溜めながら、誰もが彼女の勇気あふれる姿に精いっぱいの賞賛を送った。ホスピス病棟でのことだ。(本書)
病を患って4年半、42歳の生涯だった。
2013年から7年間、著者は終末医療の現場を見てきた。
やがて死は著者の家族にも。年老いた父が年老いた母をひとりで介護する。その父の家庭や施設や病院での言動の一つ一つが胸を打つ。テレビドラマ『ながらえば』(山田太一作)の笠智衆を思い浮かべた。
――「ようやく、苦しいことから解放されてほっとしたって顔をしているだろ? 最近、お風呂に入れていても、だんだん子どもみたいな顔になってきたと思ってたんだよ。母さん、お疲れ様だったね」
父は、闘いの済んだ愛妻の顔を愛し気に撫でた。(本書)
そして著者は母を見送る。
――ようやく重い身体を脱ぎ捨てて身軽になった母は、懐かしい日傘の中、私と肩を並べて「暑いわねえ」と言いながら、自分の出棺を見送っているような気がする。彼女はこの世に未練などひとつもないだろう。これが家で死ぬこと。これが家で送ること。(本書)
さて、すい臓がんを患う訪問看護師の森山文則は、「生きることが少しずつ難しくなって。そのスピードが速くなってきて」、やがて終末がやってくる。
森山の妻あゆみは言う。
――「私、ソーシャルワーカーの仕事をしてきて、たくさんのお別れの経験をしたからわかるんです。死んでいく人は、自分だけでなくみんなにとって一番いい目を選びます。それだけは、信じているんですよ。それで一日だけある晴れの日を見て、ああ、この日に逝くのだと思いました」(本書)
森山は妻と二人の娘を残し、49歳で旅立った。
「亡くなりゆく人がこの世に置いていくのは悲嘆だけではない。幸福もまた置いていくのだ」(本書)
森山だけでなく、医師や看護スタッフ、そして患者やその家族など、さまざまな終末期の考え方生き方が綴られる。人生の最期(エンド・オブ・ライフ)あり方を、読者が自らに問うことを促す。2020年ベスト1の傑作ノンフィクション。
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