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2020.06.09

林 新・堀川惠子★狼の義 新犬養木堂伝 …………ドラマ化したい犬養総理のスリリングな165日。ポスト安倍を狙う政治家たちに読ませたい傑作評伝

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  第1次世界大戦の終結後、世界は国際協調の時代へと向かっている。演説の終盤、犬養は、侵略主義は時代遅れとまで言い切った。そんな言葉は、事前に用意された原稿には一言もなかった。

私がいう産業立国は、皇国主義じゃない、侵略主義じゃない、これとは正反対のものである

 わが大和民族は、海外に出て行っても一切の武装をせず、平和なる工人、平和なる農民、平和なる商人で資材を確保すればいいじゃないか。

 こうすることで人口の増加するところの調節をやりさえすればいい。

 侵略主義というようなことは、よほど今では遅ればせのことである。どこまでも、私は平和ということをもって進んでいきたい。〔…〕」

 切れるような語調は、痛烈というより凄愴の気すら帯びていた。

   ――1932(昭和7)年5月1日 ラジオ演説

★狼の義 新犬養木堂伝 /林 新・堀川惠子/2019年3月/KADOKAWA/◎=おすすめ


 本書は、NHKのプロデューサーだった林新(1957~2017)が構想し、半ばまで執筆中に闘病を余儀なくされ、その後を妻であるノンフィクション作家堀川惠子が書き継いだもの。

 維新の英雄たちが表舞台から去り、西南戦争から日中戦争までの60年間、藩閥政治を否定し尾崎行雄とともに「憲政の神様」と呼ばれた犬養毅(1855~1932)の生涯を描いた作品である。

 評伝とあるが、歴史の理解を促すために、あえて架空の人物を登場させている。したがって厳密にはノンフィクションとはいえない。歴史小説の範疇にはいるものといえばいいか。

 若き従軍記者としての西南戦争から5.15事件で倒れるまで、大河ドラマにしたいおもしろさである。とくに首相在任中はまことにスリリングな展開である。

 もっともドラマ化するには女性がほとんど登場しないし、この時代が若い人に理解され受け入れられるか。となると本書にも登場する孫娘の犬養道子(1921~2017)役がナレーションを受け持つのがいいのでは……。林新はどんな映像化を考えていたのだろうか。

 1931(昭和6)年9月、満州事変勃発。

 この年12月13日、犬養は数え年で77歳で大命が下り、 ただちに組閣。この日から1932(昭和7年)5月、海軍青年将校らによるクーデタ5.15事件で官邸で凶弾に斃れるまで、わずか156日である。

 12月15日夕刻、腹心の萱野長知を総理公邸に呼ぶ。

 ――「このままでは満州事変も拡大するばかりじゃ。武力で満州を征服するなどもってのほかで、わが国に満州を経営する財源の当てなどない。日支関係の悪化どころか、国民生活を逼迫させることになる。満州の主権は中国に返し、その上で日支協同で経済活動を行えばいい。それなら支那も顔が立ち、日本は列強を抑えて実利を得られる」

  そこまで言うと、犬養は声を潜めた。

「萱野よ、極悪時局を打開するため、南京に行って国民党政府と交渉してくれ」(本書)

 犬養総理、息子の健、古島一雄、萱野長知の4人だけの密かな計画である。同17日、萱野は神戸港から諏訪丸に乗り込み、同21日上海に着く。 

 萱野は居正司法院長(司法大臣) や国民党の要人の出迎えを受け、翌24日孫文の息子で蒋介石のあとの行政院長(総理大臣)に内定している孫科に面会した。紆余曲折ののち「満州を日本の傀儡政権として独立させない」と両政府は交渉開始に合意する。

 だが破綻のきっかけは諏訪丸の船中にあった。偶然乗り合わせていた松井石根陸軍中将は犬養の使者萱野のことを重光葵上海公使へ、さらに外務省本省へ伝えられる。

 そして萱野の打った犬養健への交渉経過の電報はことごとく軍に掴まれており、森恪内閣書記官長が握りつぶしていた。計画は、潰えた。

 1932(昭和7)年3月。

 ――(犬養は)天皇に満州国の承認を拒否することを正式に奏上した。「陸軍がお前の態度に反対であったらどうするか」と天皇から問われると、「満州の宗主権は決して奪ってはなりません。たとえ全陸軍が反対しょうとも、私は信念を変えません」と平然と答えた。(本書)

 やがて犬養の下に極秘裏に1通の書簡が舞い込む。

 差出人は3年前、関東軍によって爆殺された張作霜の長男。総勢20万といわれる東北軍総司令官として抗日の最前線で闘う張学良からだ。このことが海軍青年将校らによるクーデタ5.15事件に結びつく。

 同5月1日、上掲のようなラジオ演説を行う。

 ところで本書にも登場する孫娘道子に、犬養毅は「恕せ。思いやれ。怨の心を忘れるな。女孫道子にのこしたい訓はこれである」と書き残した。その孫と官邸内を最後に散歩したのが、同5月13日。事件の2日前である。

 そして5月15日日曜日の夕刻、9人の男が総理官邸に現れる。

 ――「君らはなぜ、このようなことをする。まず理由を聞いたうえで、撃たなくてはならない事があるならば、その時に撃たれようじゃないか」

 勝負を挑むような鋭い口調に、5人のうちの誰かが声を震わせた。

「総理は、馬賊の張学良から賄賂を受け取られた……」

 前年の暮れ、張学良からの私信に添えられていた、あの金子……。

「ああ、そのことか。それならば話せば分かる」(本書)

 

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Amazon林 新・堀川惠子★狼の義 新犬養木堂伝

 

 

 

 

 

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