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2020.07.22

村田喜代子ほか★掌篇歳時記 春夏       …………季節の名前をタイトルに12人の作家が競作する12の掌篇

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  店を出ると西の方の空が暗くなって遠い雷の音がした。
「春分の雷ね」
 と姉が空を見上げた。


「春の雷をとこ懈怠(けたい)に妻かせぐ……、って俳句があるわ」
「意味わからない」
「この国にはね、健気な働き者の女たちがいたっていうこと」


「それで、雷はどうなるの」
「男の上に落ちるのよ」


 姉は歩きながら両手を広げた。
 道は少しずつ薄暗くなった。

 ――村田喜代子「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」

★掌篇歳時記 春夏 /村田喜代子ほか /2019.04 /講談社


 古来伝わる七十二候(しちじゅうにこう)は、約5日おきに分けて、気象の動きや動植物の変化を知らせる。
 このうち「雷乃発声」は、春の訪れを告げる雷が鳴り始める候。3月31日から4月4日頃。
 これら季節の名前をタイトルに12人の作家が競作した掌篇を集めたもの。

「雷乃発声」という短篇は、姉に誘われて春の院展を観に行ったとき、別館で「いのちの布・襤褸(らんる)展」がおこなわれており、その“ぼろぎれの展覧会”を観るところから始まる。

 ある一枚の着物の解説に、「背中と腰の継ぎは赤ん坊を負ぶった跡で、裾の上の継ぎは赤ん坊が両足で蹴りつけたものか」とある。

 ――今しがた観た院展の春景色の絵など襤褸の迫力に吹き飛んで、姉とわたしがまぎれ込んだのは昭和初年から戦後にかけてのこの国の貧しさだった。(本書)

 姉は「昔うちにいたネズミたち」を思いだす。ニンゲンの子ネズミ、山から父親に連れられて風呂敷包みをもった女の子。包みには服や肌着ではなくぼろぎれがどっさり入っていた。

 ――「あの頃、女性はみんな寒かったわね」
と姉は歩きながら遠い眼をする。
「寝ても起きても女はみんな痺れるほど寒かったわ。男も寒かったたろうけど、あの人たちはお酒で体を温める術を持っていたんだから」 (同上)

 喫茶店で紅茶を飲みながら、姉妹の昔の“大事なボロ”の話は続く。

 ――わたしはさっき見た襤褸展の、綿の代わりにぼろや藁、茅花の穂や古新聞紙まで詰めた凄まじい掛布団を思い出した。
「みんなうちへ来て、初めて布団らしい布団にくるまって寝たのね」 (同上)

終わりは上掲のような春の雷のシーン。ほとんど小説を読まないが、ときどき気になる作家を図書館で検索する。その一人が村田喜代子。こんな見事な掌篇に出合えた。

 

村田喜代子◎飛族

 

Amazon掌篇歳時記 春夏

 

 

 

 

 

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