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2020.07.17

高澤秀次★評伝 西部邁                 …………自死の構えを定め、その行為の細部まで固めていた「死の美学」

202001

 


〔西部邁には、5通の遺書があり、以下は「警察および関係役所の各位」に宛てられたもの〕

  私、職業上は評論家というものを生業とする78歳になるものですが、寄る年波みに加えて上半身神経痛の老病が治らず、また、やれる事はやり尽くし思い残すことは何もないという心境にあり、

また、自分の生き方として、病院死は避けたいと考えて来たものですから、かかるかたちの死を選びとるのを止む無きに至りました。

 それ以外には、何の動機も原因もございません。とはいえ、かかる場所でかかる振る舞いを為すのは、公共の迷惑にあたるとは良く承知しております。それについては、関係各位に心からお詫びするはかございません。何卒、ご寛恕のほどを伏してお願い申し上げます。

★評伝 西部邁 /高澤秀次 /2020.01 /毎日新聞出版


 西部邁(にしべすすむ、1939~ 2018)には、膨大な著作があるが、当方が読んだのは『友情 ――ある半チョッパリとの四十五年』(2005)1冊のみである。

・友人の死――1997年

『友情』は中学時代からの友人、海野治夫との交遊を綴った自伝的な作品である。のちに海野はアウトローに、西部は東大教授に、道は分かれる。札幌のバーで久々に再会するのだが、同書でこう書いている。それは『死生論』(1994)を出してから「自死の思想」ばかり口にするので、周囲から少し気味悪がられていた時期でもあった。海野に、西部が言う。

 ――公にやることがなくなったら、そしてそれ以上生きていたら周りに迷惑をしかかけないということになったら、自分で死ぬしかないと考えている。 (同書)

 海野は「そういうことだよな」と反応する。その1週間後に海野は自裁する。札幌の寺で焼身自殺、あるいは銭函の河口に投身自殺など諸説あるが、「焼身は抗議の自死であり、入水は絶望の自死である」と訊ねまわるが、不明のまま。1997年のことである。

・「私の死亡記事」――2000年

 ――私儀、今から丁度1年前に死去致しました。死因は薬物による自殺であります。銃器を使用するのが念願だったのですか、当てにしていた二人の人間とも、一人は投身自殺、もう一人は胃癌で亡くなり、やむなく薬物にしました。
 自殺を選んだ理由は、自分の精神がもうじき甚だしい機能低下を示してしまう、と確実に見通されたということであります。〔…〕

 ニーチエを真似るわけではないのですが、何冊か本を書いたような気がする、としかいえません。このことからも、「精神」は活きていてこその代物だと、いわゆる彼岸にいるものとして、つくづく感じ入っております。左様なら。 (文藝春秋編『私の死亡記事』「自殺できて安堵しております」)

 これらの延長線上で、本書を読んだ。本書は、西部邁氏と交友のあった著者による思想的な次元での渾身の評伝。以下、その思想性については一切触れず、「死」に関してのみ触れる。

・その妻の死――2014年

高校の同級生だった妻・満智子は8年にわたる闘病の末死死去した。

 ――先立たれた妻は、敗戦直後の北海道の風土的記憶を共有する、「故郷の代用品」でもあったのだ。「自分のそれまでの生」に意味を与えてくれた唯一の者と語ってはばからぬ彼女の死は、「自分の脳の少なくとも半分を陥没させるような出来事」だったのである。(本書)

・娘への遺書――2018年

 ――僕は、穏やかな自然死などは望むべくもないので、また病院死における無益な孤独と無効の治療を忌むものですから、君にこれ以上の迷惑をかけたくないので、ここに自分の「生き方としての死に方」たる自裁死を選ぶことにしました。
そうした考え方については僕の書物群に何度も説明している通りなので、君は、たとえ同意されなくても、僕の気持ちは分かってくれると信じております。(本書)

・その死――2018年

 ――日本を代表する保守派の論客・西部邁の多摩川河川敷での入水自殺(2018年1月21日) の波紋は、しばらく収まらなかった。当初から田園調布署刑事一課は、これを複数の人間が介在した「事件」とみなし捜査を続けた。

 当日未明に遺体は発見され、司法解剖の結果、死因は溺死とみなされた。だが、現場周辺の状況、遺族への聞き込みなどから、自力で命を絶つ身体的能力さえ失っていた西部邁の入水からは、多くの疑問が浮かび上がってきたのである。

 遺体発見から2カ月余を経た4月5日には、現場へのレンタカーでの搬送、安全帯の装着、河川敷近くの樹木へのロープの括り付けなど、自殺討助の疑いで二人の逮捕者が出た。〔…〕

 ところで、「事件」が今なお完全に決着していないのは、遺体の口中に忍ばせていた酸化合物の入手に関して、前二者とは別の第三者の特定ができなかったためである。
 どうやらそれは、特殊な揮発性の青酸カリだったようだ。 (本書)

・著者の結語――2020年

 ――五体健全なら彼は、もっとヒロイックな死を選んだのではないか。しかし、今となっては筆者も「あれしか、仕方がなかったのでしょう」と地下の西部に声をかけるしかない。自殺討助者を巻き込んだそのアンチ・ヒロイックに無様な死を、西部流の「非行」の結末として受け入れるしかないからである。(本書)

 

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