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2020.07.31

片山夏子★ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、 9年間の記録    …………「状況はコントロールされている」→「情報はコントロールされている」

20200731


 イチエフを離れて1年が過ぎた。原発事故をすっかり忘れたかのような東京で、五輪関連の現場で働いていると、強い違和感がある。〔…〕

 今の東京の現場には、イチエフで同じ寮だった人や一緒に働いていた人がいる。顔を合わせれば福島の話になる。福島を離れても、福島のことがめちゃくちゃ気になる。でも、ほとんど報道されなくなった。

 五輪招致で「汚染水の状況はコントロールされている」と首相が世界に宣言し、
イチエフはますます事故現場ではなく、普通の工事現場だとアピールされるようになった。

 防護服や全面マスクがいらない区域も広がった。そんななか、一緒の現場で働いたことのある人が白血病で労災認定された。俺の被ばく線量の3分の1だったのに。怖いと思う一方で、やはりイチエフの作業はやらなくてはならないと思う。〔…〕福島の仕事に呼ばれたら、いつでも行ける準備をしている。

 ――五輪工事現場に違和感――2019年5月10日 チハルさん(45歳)

★ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、 9年間の記録 /片山夏子 /2020.02 /朝日新聞出版 


 2011年3月11日午後2時46分。東北の三陸沖でマグニチュード9.0の大地震が発生、その30分~1時間後に太平洋沿岸を大津波が襲った。翌日、東京電力福島第一原発1号機周辺で放射性物質が検出され、炉心溶融(メルトダウン) の可能性が浮上する。

 中日新聞名古屋社会部記者の著者片山夏子は、「すぐ東京に行ってくれ」と指示が飛び、1時間後には新幹線に飛び乗っていた。それ以後、つぎの目次のごとく、東京新聞社会部に所属し福島第一原発で動く作業員の取材を担当し、いまも続いている。

「取材受けているとばれると、仕事を失う」と、作業員への報道取材に対する箝口令が厳しくなっていくなか、上司からは「福島第一原発でどんな人が働いているのか。作業員の横顔がわかるように取材せよ」と指示があり、一人ひとりの作業員が語った「日誌」という形をとったユニークな連載が始まった。

1章 原発作業員になった理由――2011年
2章 作業員の被ばく隠し――2012年
3章 途方もない汚染水――2013年
4章 安全二の次、死傷事故多発――2014年
5章 作業員のがん発症と労災――2015年
6章 東電への支援額、天井しらず――2016年
7章 イチエフでトヨタ式コストダウン――2017年
8章 進まぬ作業員の被ばく調査――2018年
9章 終わらない「福島第一原発事故」――2019年

 その長期にわたる連載から、最終章を紹介する。
 2019年、敷地内では一日平均4190人の作業員が作業をしていた(15年3月のピーク時は平均7450 人)。元号が変わるこの年、福島第一では、3号機・使用済み核燃料プールからの核燃料取り出しや、亀裂が入り破断した1、2号機共用排気筋の上部解体など大きな工事が控えていた。

 そして上掲のチハルさん(45歳)の 五輪工事現場に違和感という発言である。また同2019年、通常は報道されないヒロさん(40歳)のこんな発言も拾っている。

 ――3号機の近くを通ったとき「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌が聞こえてきて、あれっと思った。原子炉建屋をコの字形に取り囲む壁にはエレベーターが付いていて、上下するたびに周囲に注意を促すメロディーが大音量で流れる。〔…〕もちろん歌は付いていないが、聞くと歌詞を思い出す。「さらば地球よ 旅立つ船は~♪」
 2号機の周りの壁のエレベーターは童謡「静かな湖畔」だ。高線量で和むような場所じゃないけど、「カッコウ、カッコウってうるさいな」と言いながら同僚と笑ってしまう。 (本書)

 2012年には「炉心溶融」という言葉が会見の説明から消え、「炉心損傷」に変わる。「事故」は「事象」、「汚染水」は「滞留水」に、「冷温停止」は「冷温停止状態」に言い換えられる。
 そして2013年、オリンピックが東京に決まる直前のプレゼンテーションで安倍晋三首相は、福島第一の汚染水問題について「結論から言うとまったく問題はない」「状況はアンダーコントロール(=統御できている)」「汚染水による影響は完全にブロックされている」とアピールする。

 ――後日このプレゼンテーションについて作業員と話したとき、安倍首相のこの発言を「第二の事故収束宣言だ」と表現した作業員がいた。どちらも現場の状況とまったくかけ離れた宣言だった。そしてこの発言との辻棲合わせをするために、この後、現場はまた大きく振り回される。 (本書)

 のちの2018年安倍首相は国会の議場で「わたしや妻が関係していたということになれば、まちがいなく総理大臣も国会議員もやめる」と“森友問題”で豪語し、この直後、公文書の改ざんが始まり、自殺者まで出してしまう。なんと似た風景か。

 そして作業員仲間では、「お・も・て・な・し」を「お・も・て・む・き(表向き)」に、「状況はコントロールされている」は「情報はコントロールされている」と揶揄している。

 ――私の手元に、9年間の取材でたまったぼろぼろになった大学ノートが179冊ある。この続きは作業員の方たちの補償のあり方を考える取材に使いたい。そして細々と続けてきた「ふくしま作業員日誌」をこれからも続けられたらと思う。 (あとがき)

 本書は第42回 講談社 本田靖春ノンフィクション賞を受賞。

 

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