杉浦日向子★百日紅 …………応為の春画① お栄さんのは、逆に人は描けているが、どうも色気がない……。
「描き直しやす。どこがいけないのか、言ってくだっし」
「いけないっていう訳じゃ……。
ソウ正面を切られちゃ……。それそのお栄さんの真面目すぎるところがいけないよ。誰しも得手不得手があるってことさね。
いい例が善さんだ。春に出した枕絵が受けがいいんだ。〔…〕コウ絵が前に出てくるような力があるよ。
お栄さんのは、逆に人は描けているが、どうも色気がない……。
でもあんたのせいじゃない。そもそも嫁入り前の娘に、こんな絵を代筆させる北斎先生が……」
――其の十九 色情
★百日紅 /杉浦日向子 /1996.12 /ちくま文庫
なぜ『百日紅(さるすべり)』と名付けられたか。ちくま文庫版の夢枕獏の解説から孫引きすると、実業之日本社版『百日紅(一)』(1985年初刊)に著者がこう書いている。
――散れば咲き 散れば咲きして 百日紅
とは、江戸の女流歌人、加賀千代女の句です。
家から駅へ行く道に、百日紅の木がたくさんあり、梅雨明けを合図に、わっと咲きはじめます。〔…〕
わさわさと散り、もりもりと咲く、というお祭りが、秋までの百日間続きます。長い、長いお祭りです。
百日紅のしたたかさに、江戸の浮世絵師がだぶり、表題はこんなふうに決まりました。
本書のカバーによると、「葛飾北斎とその娘・お栄。天才浮世絵師二人を通して、江戸に生きる人々の交流を描く、杉浦日向子漫画代表作」である。
なお、上掲は絵草紙萬字屋主人とお栄=応為との会話。善さんとは池田善次郎。後の渓斎英泉である。お栄の愛人役ではない。本書では、豊国門下の絵師だが対立する北斎を尊敬する歌川国直が、お栄に好意を寄せる。
『百日紅』は、原恵一監督によってアニメ化された(2015)。杉浦日向子の原作が幽霊、生首、地獄絵など奇譚に重きを置いているが、アニメでは無口な北斎との父娘、デリケートに母娘、姉妹などの情愛が詩情豊かに展開される。
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