« 山本昌代★応為坦坦録             …………応為の春画② 「あたしと一緒に吉原へ行こうよ。どうしても本物が見たいんだよ」 | トップページ | 朝井まかて★眩(くらら)              …………応為の春画④ 善さんの優しさは毒だ。あたしは毒を喰らう。目眩がした。 »

2020.08.12

増田晶文★絵師の魂 渓斎英泉     …………応為の春画③ 春画なんて陽の当たんねえもんは、淫乱英泉とヤマンバにくれてやらあ。

3


 私淑する英泉と直弟子の間には眼にみえない溝がある。
 それを埋めることはできない。いや、埋めることを弟子たちがゆるさない。例外なのはお栄くらいだ。繊細な英泉にはそれが伝わってくる。
英泉は北斎の工房で秘本だけを担当している。〔…〕

 ただ、春画を描くにはかなりの技量を必要とする。まして、北斎の名で売られる作となれば、なまじの腕前の弟子では声がかからない。
ここ数年、北斎の艶本は英泉とお栄が代作することになっていた。二人の合作も多い。
 そうして、英泉は本屋の間で艶本絵師としての評価を獲得したのだ。


「春画なんて陽の当たんねえもんは、淫乱英泉とヤマンバにくれてやらあ」


英泉とお栄が、男女の秘め事を絵に仕立てている襖一枚むこうから、やっかみの声がきこえでくるのだ。

★絵師の魂 渓斎英泉 /増田晶文 /2019.01 /草思社


 葛飾北斎(1760~1849)や応為の物語にかならず登場するのは、善次郎こと渓斎英泉(1791~1848)である。美人画で一世を風靡するが、好色放蕩、軽佻浮薄な人物としてつねに描かれる。
だが本書では、“チャラ男”ではない。定番のように応為の愛人とはせず、応為の出番はほとんどない。

 英泉は、北斎一門ではないが、北斎に私淑し(北斎曰く「ワシに懐きよって」)、北斎「富嶽三十六景」で有名になった“ベロ藍”を本邦で初めて使用した絵師であった。

 英泉は、北斎工房で男と女が交合する絵を描く。北斎は英泉の絵心、勘所の良さを認め、詞書を任され、絵だけでなく文もうまいと序文ばかりか書冊せんぶの文章まで任される。「御大の絵筆の癖、あくどく真似しておきました」。

 本書で北斎と英泉の師弟の絵をめぐる物語。北斎の教えを受けながら、北斎は線、英泉は色に真髄が宿ると考える。

 ――北斎の面目は水、波、空、風、雨など本来は形のないものを絵にしてしまうことだ。それを可能にするのが形のなきものを捉える線、この卓抜の画力で絵は躍如する。
「北斎漫画、あれには色がない。線ばっかりだ」
 でも――墨の濃淡だけの絵手本は、どの頁にも躍動があり色が生じている。
「世の中のモンはすべて○と□と△よ。それに一本線さえありや誰にだって絵は描けらあ」〔…〕
 線を真似ることで寸刻みながら北斎に近づける。英泉は艶本でそれを実践した。 (本書)

 圧巻は、『木曾街道六十九次』をめぐる展開である。北斎の『富嶽三十六景』や歌川広重『東海道五拾三次之内』が出て、風景画ブームがおきる。『木曾街道六十九次』は、その広重と英泉の連作、合作とされているが、本書では英泉の作が売れず、降板させられ、広重が登板する。

「あれほど板元連中には評判がいいのに、なぜだ!」〔…〕
「本屋にとっていい絵とは、人気のある絵のことです」
「……………」
「題材や構図、色の具合が上出来でも、売れなきや駄作です」 (本書)

 英泉は、しかし一寸の虫同然に扱われた絵師の五分の心意気を表わす。

 ――英泉は世間との間合いがうまくとれない。世俗を敵視しながら、凡俗に揺さぶられどおしだった。
遊び人を気取り、悪ぶったり書肆に牙を剥いたりしたのも然り。
「でものう。英泉ってのは純で愛(う)いヤツよ」 (本書)

3_20200812072601

と昨夏亡くなった英泉に北斎は思いを馳せる。そしてまた、……。

 ――それは、雲龍の絵を施した豪華な内掛けをまとう花魁の後姿だ。
「斑入りの鼈甲の簪(かんざし)、更紗模様の着物のうえ、黒地に白い昇龍の内掛けときたか」
ちらりとみえる足の指先が艶めかしい。文政を席捲し英泉美人画らしさが詰めこんである。ことに龍は、英泉が好んで着物の柄につかった大事な絵柄だった。〔…〕

 英泉の描く女は肚に蛇が棲んでいる――国貞や国芳、重信ら好敵手たちは、唯一無比の英泉美人画を熱心に研究していたものだ。
「この美人画が海を渡れば、毛唐や南蛮人も強烈な色香に眼を剥くだろうて」
ベロ藍をはじめ色づかいは群を抜いている。 (本書)

 英泉の代表作『雲龍打掛の花魁』である。よく知られているように、これはゴッホ『花魁(溪斎英泉による)』の元絵であり、同じくゴッホの『タンギー爺さん』の右下にも描かれている。

 なお、英泉は『无名翁随筆(続浮世絵類考)』に、応為のことを北斎の第三女としてこう記している。

――女子栄女画ヲ善ス、父二随テ今専画師ヲナス、名手ナリ。

 

Amazon増田晶文★絵師の魂 渓斎英泉

 

 

 

|

« 山本昌代★応為坦坦録             …………応為の春画② 「あたしと一緒に吉原へ行こうよ。どうしても本物が見たいんだよ」 | トップページ | 朝井まかて★眩(くらら)              …………応為の春画④ 善さんの優しさは毒だ。あたしは毒を喰らう。目眩がした。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 山本昌代★応為坦坦録             …………応為の春画② 「あたしと一緒に吉原へ行こうよ。どうしても本物が見たいんだよ」 | トップページ | 朝井まかて★眩(くらら)              …………応為の春画④ 善さんの優しさは毒だ。あたしは毒を喰らう。目眩がした。 »