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2020.08.05

山本昌代★応為坦坦録             …………応為の春画② 「あたしと一緒に吉原へ行こうよ。どうしても本物が見たいんだよ」

 

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 この種の絵の時にかぎって鉄蔵はあッちに行けあッちに行けと頻繁にお栄を追い払った。〔…〕

 ひとつ自分で絵柄を考えてやろうと気張っても、ぼんやりした景色が頭に浮かぶだけで、具体的な足や手の絡み具合、着物の乱れ、髪の乱れ、夜具の乱れといったものが、何ひとつハッキリ目に見えなかった。


 どうにも埒があかなくて、お栄は鉄蔵の弟子の一人の、五郎八という年寄りに相談を持ちかけたことがあった。〔…〕

「あたしと一緒に吉原へ行こうよ」

「え」
「どうしても本物が見たいんだよ。わけを話して、金さえ出しゃあなんとかなるだろ」
「……さア。そいつはどうだか……」

★応為坦坦録 /山本昌代 /1984.01 /河出書房新社


 山本昌代(1960~)は、大学生であった1983年に本作『応為坦坦録』で河出書房新社の文藝賞を受賞し、デビュー。「北斎の娘応為の飄々とした生きっぷりを、江戸戯作者風才筆で活写する」と評価された。

 上掲の五郎八は、北斎の弟子蹄斎北馬のこと。応為より30歳も年上だから、もちろん応為の愛人ではない。本書では応為の愛人は一人も登場しない。

 ――隣の座敷の客は相方ともども三回四回と入れ替わり、それぞれの一部始終を、お栄は闇に慣れた目をこらして無心に覗き続けた。五郎八はいびきもかかずに昏々と眠るばかりで、一度もお栄の邪魔をしなかった。 (本書)

 それからずいぶん後に芝の鈴村堂の茂兵衛から「おんなとおんなの絵」を頼まれ、北斎から応為にお鉢が回ってくる。何枚どんな風に描いても自然なおんなとおんなの絵にはならない。

 ついに深川の廓紀伊国屋へ一人で出かけ、外で若い衆に五十、中で女郎に百、出てくる時に八百と、しめて九百五十の銭を置いて、描いた。「主人がもう二、三枚描いていただくようお頼み申せと、それはえらい喜びようで」という作品をものにする。

 本書はあっさり味である。念のため「坦」を辞書で引くと、①たいらか。起伏なしに、たいらに延びる。②感情の起伏がない。また、態度・行動に裏表がない。「坦坦」は、①広くたいらなさま。②平凡なさま。……とある。(『漢字源』) 

 江戸の情緒も、北斎の奇癖も、浮世絵の蘊蓄も語ることなく、文字通り坦々と応為の日常が描かれる。終章は……。

 ――絵を描くのをやめてしまったのか、あるいはまた芥子人形をつくり出したか、勉強しなおして占い師にでもなったか、昔の念願がかなってめでたく仙人となって支那の山にでも移り住んだか、いくらでも好き勝手に思いを廻らすことはできるが、本当のところは今となってはもう知る術がないのである。

 生きているうちに忘れられた人間は、死んだあとでは思い出しょうがない。 (本書)

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 本書が書かれた1983年頃といえば、矢代静一の戯曲『北斎漫画』(1973)が原作の映画『北斎漫画』(1981、新藤兼人監督)が話題になった。
 緒形拳、西田敏行、フランキー堺など濃い面々、北斎の「蛸と海女」をそのままに樋口可南子が巨大な蛸と戯れた。当方はお栄=応為の子どもの頃から老女まで演じた田中裕子に興味があった。

 映画での応為の愛人役は、なんと滝沢馬琴だった。

 

 

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