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2020.08.19

キャサリン・ゴヴイエ /モーゲンスタン陽子・訳★北斎と応為           …………応為の春画⑤ まるで自分が長年描いてきた絵のなかにいるようで、面白かった。

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 英泉は、抱かれながらもじっと寝そべったままで、本を読んでいた女のことを話してくれた。でも、私はそれとは逆だった。

 英泉が私に見出だしたのは快楽への興味のなさではなく、緻密な探究心だ。


交わりの最中に、絵の構図を考えていたのだ。

 私が上に乗ると、英泉もそれを楽しんでいるようだった。
「こりゃ覚えといたほうがいいな」と、着物の胸をはだけて唇に押しつけたとき、英泉は呟いた。「すげえ、いいや」
 着物の色が目に入ることで、さらに悦びをもたらした。まるで自分が長年描いてきた絵のなかにいるようで、面白かった。

★北斎と応為 〔上・下〕 /キャサリン・ゴヴイエ /モーゲンスタン陽子・訳 /2014年6月/彩流社


 工房にいた英泉に対し、北斎は「あの野郎は飲兵衛の廓通いの放蕩者だ」と言って、育てなかった。ほどなく英泉は工房を去る。その頃、応為には男がいた。滑稽本『浮世風呂』で知られる式亭三馬。その後。工房にいた南沢等明(「なんであんたが絵師になったんだか」と蔑視)と結婚し、数年後別れる。

 やがて英泉が「ちょいと一杯やりにいかねえか」と応為を誘いに来る。「男ってのは飲みすぎたときにかぎってもっと欲しくなるもんなのよ」。
「今度は英泉かい」と、ものものしく言う父。「女房がいるんだぜ。おめえも懲りねえやつだな」。

 英泉はいう。

 ――「おまえは親父よりうまい絵師なんだぞ」〔…〕
「描くだけじゃだめなんだよ」私は身を正してそう言った。「北斎は描いて、演じて、それに頭んなかで変なもんをこしらえて……」
「そのとおり」と英泉。「やつは北斎でおまえさんは違う。だがな、おまえさんはお栄で北斎はお栄じゃない。おまえさんは女を分かってて、人情を表せて、細かい線を描けて、たいした色を作れるじゃないか!」 (本書)

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 応為と英泉ふたりで春画の注文を受け、あの「つひの雛形」もふたりの合作だという。
さらに注文が入ると、北斎の描いた交合の図柄を使うことにした。

『喜能会之故真通』の一場面、あの「蛸と海女」も、ふたりで描いた。

 ――私はその絵を版元に持っていった。版元は父が描いたものと勘違いして、「さすがは北斎! この異様なまでの妄想力はどうだ。こんな気味の悪いもん考えつくとは」〔…〕
「頭がどうかしちまったんじゃないのかねえ」と呟くその頬が引きつっている。「かわいそうに、この海女は恐れおののいて……」
「いえいえ」と私。「ご心配なく。この女は夢心地なんですよ」 (本書)

著者キャサリン・ゴヴィエは、カナダの作家。原題The Ghost Brush。

 ――外国人である私にとって、変革の中心で芸術性に富み、活気にあふれていたこの〔江戸の〕町は、想像力をかき立ててやまないものでした。北斎の娘、お栄の存在を知ったとき、彼女の存在は語り継がれなければならないと強く感じました。そして調査と、日本での取材に5年を費やし、お栄に生命を吹き込んだのです。(「日本の読者の皆様へ」)

 だが本書の特色は、応為に魅せられた著者の長いあとがきにある。2006年米フーリア美術館で北斎を知り(フーリア氏の遺言により100年間貸し出されることなく保管されていた)、オランダ・ライデン国立民族学博物館のフォン・シーボルトが蒐集した北斎のオランダ画の作品群。さらに多くの北斎展、そのシンポジウムで情報を集めながら、著者の思いは、「北斎は二人いる。北斎と応為だ」という確信に変わっていく。

 晩年において画法のブレと画風の顕著な違いが生じたのは、なぜ? 北斎死の前年になぜこれほど多くの作品、そして「八十八」と記されているのか。北斎の落款があれば高く売れるため、それとも応為の名では消えてしまうが北斎の作品なら後世に残るからか。

 中央寄りの構図、無背景の中央に浮く単体、大柄なその女性は鯱張って動きがない。深く濃い色使い。肉づきのよい手のひら、親指のつけ根と足の親指のつけ根の丸み、そこからすべての指がぐっとしなやかに先細りに伸びます。――どれもお栄の特徴です、と。

 ――他の作品群や追想録が見つかればもっと分かるでしょうが、それまでは、憶測し、思案し、仮定し、想像するしかないのです。創意工夫は歴史にとって不可欠、フィクションも同じです。 (著者あとがき――葛飾応為に魅せられて)

 

Amazonキャサリン・ゴヴイエ★北斎と応為 上・下

 

**追記

訳者モーゲンスタン陽子は、アメリカ、カナダで活躍する作家、翻訳家。「訳者あとがき」で、こう記す。

――江戸時代の日本を舞台とした小説であり、また語り手がお栄で第一人称である以上、いわゆる「翻訳っぽい日本語」ではこの作品はまったく成り立たないであろうという信念から、大胆にも、自ら学んだ日本語英語変換の逆過程を通じて訳させて頂きました

その見事な翻訳のおかげで、上・下巻の大冊をいっきに読むことができた。モーゲンスタン陽子氏は、ツイッターに、

――ゴヴィエさんは応為探求を描いた新作をご執筆中。昨日試訳を終えました。版元が見つかりますように!

とある。日付が古い(2017.12.09)が、版元がみつかるよう読者として期待しています。

 

 

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