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2020.09.16

青木理★時代の抵抗者たち        …………平野啓一郎・前川喜平・中村文則・田中均・梁石日・安田好弘、“安倍時代”を語る。

202005


 共謀罪を通し、特定秘密保護法をつくり、実質的には改憲に近い集団的自衛権の行使にまで道を開いてしまった。


 僕らの世代はある種の恥の世代として歴史に記憶されることは覚悟しています。


それはもう起きてしまったことですから、のちの世代に尊敬されない世代だということはすごく感じます。

第8章 国家権力が人を殺すということ
――平野啓一郎1975年生まれ。作家。

★時代の抵抗者たち /青木理 /2020.05 /河出書房新社


  本書はスタジオジプリ刊行の月刊誌「熱風」で2015年7月から連載されている対談、青木理「日本人と戦後70年」から選んだもの。以下、コメントを付さないでいくつか紹介する。なお文意を損なわない範囲で、語句の一部を省略している。

 安倍“姑息”、菅“隠蔽”、麻生“野卑”というトリオ、憲政史上最長最悪の安倍晋三時代がやっと終息した。本書『時代の抵抗者たち』は、その安倍時代の証言集でもある。

 2020年9月16日、まるで20世紀に戻ったような「自助・共助・公助、そして絆」というキャッチフレーズで、菅義偉“居抜き”官邸がスタートする。

*
 各省の幹部は安倍さんではなく、〔官房長官の〕 菅さんを見ながら仕事をしているというべきでしょう。安倍さんは乗っかっているだけという印象です。 〔…〕
 菅さんは公の会見で「地位に恋々とした」などと、実際は「れんめん」とおっしゃってましたが、あたかも私が地位に恋々としていたかのような、事実とまったく反することを平然とおっしゃった。〔…〕敵は徹底的に排除するというか、情け容赦がまったくない。自らに反旗を翻す官僚は徹底して叩きのめし、飛ばしてしまう。

第2章 集団主義の教育から強権支配へ
――前川喜平 1955年生まれ。元文部科学省事務次官。

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欲しいのは半径5メートルの幸福であって、真実などはむしろ聞きたくない。社会にこんな問題があるというのも聞きたくない。私は自分の目の前の愛する者たちだけのために生きる、というような人が増えているんじゃないでしょうか。
 もちろん、それは別に悪いことではありません。意識の配分の問題だと思います。〔…〕
それにしても、こんな都合のいい国民はいないですよね。これほど都合のいい国民なら、政治家は楽しくて仕方ないでしょう。

第4章 言うべきことを言う姿勢
――中村文則1977年生まれ。作家。

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青木 当初の日朝の合意によれば、5人の被害者は帰国後、いったん北朝鮮に戻ることになっていましたね。しかし日本側は、拉致被害者の家族会や支援団体などの意向を受け、戻すのを拒否しました。一部では、田中さんがこれに反対したとも伝えられました。

田中 私は反対などと言っていません。戻さなかった場合にはこうなりますよ、ということを申しあげただけです。戻さないことを決めた際も、最後に小泉総理が「田中さん、これでいいですか」とおっしゃったので、「結構です」と申しあげました。

でも、あのときに「いや、ちょっと待ってください」「われわれが目指したのは、もっと大きな絵だったはずです」と言うべきだったかもしれない。あのまま日朝双方に連絡部署をつくり、核問題も六者協議でやっていくことなどで基本的には北朝鮮側と合意していたんです。その主導権を日本が取っていくとか、物事を大きくつくっていく余地だってありました。

 ですから小泉首相や福田官房長官を説得して、「ちょっと待ってください」と申しあげることができたかもしれない。しかし、それをやるのは一種のポピュリズムを断ち切るという作業です。

あのときに安倍さんたちがつくった「北朝鮮けしからん」という風潮にあえて逆らうことができたか、という問題です。

第5章 いまは知性による抵抗のとき
――田中均 1947年生まれ。外務省局長時代に北朝鮮と水面下で交渉を進め、小泉純一郎首相訪朝。


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せめて在日コリアンの間くらいは統一したらどうかと。これは民団系、総連系があるわけだけど、なんだかんだと言ったって日本に居住しているわけだし、祖国から拘束力というのはもうそんなに強くないわけですから。せめて在日朝鮮人、韓国人、コリアンだけでも統一していく。やろうと思えばできないことはない。

第6章 潜在化した差別が噴き出す危険性
――梁石日(ヤン・ソギル)1936年生まれ。作家。

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 たとえば、サリンの生成をそもそも言い出したのは麻原氏ではなくて村井氏です。戦争などという発想を持ち出したのは早川紀代秀氏ではないかと思います。
 それぞれいろいろな思いや個性を持った信者が集まり、それぞれが教祖に話を持ちかけ、行動に移してしまうようになる。麻原教祖はそれを容認し、受け入れるんです。やってしまったことは叱らない。

 坂本弁護士を殺した弟子たちが戻ってくると抱擁する。地下鉄でサリンを撒いた人間も抱擁する。なんていうことをしたんだ、とは絶対に言わない。いつしか過激であることが全部容認され、過激であることが先行し、維持され、拡大されていってしまうようになった。

第9章 オウム事件、光事件の弁護人として

――安田好弘 1947年生まれ。オウム真理教教祖麻原彰晃の国選弁護人。

 

Amazon青木理★時代の抵抗者たち

 

 

 

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