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2020.09.07

中村哲郎★評話集 勘三郎の死――劇場群像と舞台回想    …………波野という姓をもつ勘三郎と吉右衛門の確執と和解と歌舞伎の行方

202007


 彼の或る短いコメントが雑誌で目に留まり、何故かひどく引き付けられた。
「一期一会、という言葉は好きになれないな。一生に一度だけなんて、つまらないよ…」と。
 その花やかなラブ・アフェアを風刺する記事だったが、しかし同時に、そこには彼の人生観に近い何かも読み取れた。〔…〕

 勘三郎が「一期一会に非ず」だったのは、ひとつには彼が連鎖する円の中心にいて、その境界を拡大する本能を持っていたからだろう。

一期一会の逆の言葉は一期末代だが、彼は、気心が通じれば終生付き合おうという、一期一代の心意気に富む“稀者(まれもの)”だった。

 彼には稲妻のごとき炸裂や、綿密な深謀遠慮もあったが、天成その身体や心情が総じて丸く出来上がっていて、人びとが連鎖し、或いは連帯する願いのために、現世に生きているような和合力を有していた。言わば“こころ遍(あまね)き人”であり、その一生には本質的に他者との「別れ」が無かったのではないか。

――「一期一会に非ず」

★評話集 勘三郎の死 ――劇場群像と舞台回想 /中村哲郎 /2020.07 /中央公論新社


 十八代目中村勘三郎について書かれたものを読むと、贔屓筋も評論家も、みんな勘三郎の“人たらし”の術中にはまっているように思える。その“人たらし”とは、交遊においてポジティブでフットワークが軽いことかと思う。

 かつて丸谷才一が勘三郎を「世間では芸があるとか、人の心をたぶらかすとか言ってるが、それだけじゃない」と、周りの役者とのアンサンブル、そのチームプレイが面白いと語っていた。勘三郎の芝居は主役だけのものではないと勘三郎も周りの役者も思っていたようだ。そこが“人たらし”の元か。

 勘三郎との長年にわたる交遊を綴った7篇を中心に編まれた本書だが、当方が一気に読んだのは「ナミノは二人」。その二人とは……。

二代目吉右衛門 1944~   波野辰次郎 播磨屋
一八代目勘三郎 1955~2012 波野哲明  中村屋
 二人は親同士が兄弟、つまり従兄弟である。だが二人は、些細なことで齟齬をきたし、確執が生まれ、共演もなく、疎遠になり、しかしやがて雪解け、仲が復活する話を、400字20枚程度に書かれたもの。

 当方は吉右衛門の舞台を見たことがない。ドラマも見ないので、「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵役を十数年勤めていたことも知らなかった。
そこでネットで、舞台中継『弁天女男白浪――浜松屋見世先の場』を見た。弁天=菊五郎、南郷=吉右衛門である。口舌のいい吉右衛門がいっぺんに気にいってしまった。
 本書によれば、吉右衛門は「役者と言うよりも、文学者としての陰影を帯びている」そうで、松貫四という筆名をもち脚本も書いている。

 他方、勘三郎は勘九郎時代、それまで歌舞伎にはなかったカーテンコールやスタンデイングオベーションを最初に沸き起こした役者である。

 勘三郎と吉右衛門は、分家筋の中村屋と本家格の播磨屋の関係にある。勘三郎は現代歌舞伎の推進者、吉右衛門は古典の探究者。

平成17年、十八代目勘三郎襲名興行が歌舞伎座で催された。

 ――ほとんど全員の歌舞伎俳優が大興行に参加したが、親戚筆頭の吉右衛門ひとりが出演しなかった。当初、吉右衛門自身は加わる心づもりだったようだが、提案された配役が引き受けられなかったらしい。 (本書)

 平成21年、勘三郎の長男の二代目勘太郎(現六代目勘九郎)の結婚披露宴の場で……。

 ――俺も酔っていて、思わず『兄さん、雅行(勘太郎の本名)に教えてやってくれませんか』と、頼んだところ、兄さんも『うん』と領いた。それで正月の浅草の貞任があるから、勘太郎に万端の準備をさせて、兄さんの青山のお宅へ伺わせた。兄さんが、すっかり教えてくれましたよ」 (本書)

平成24年、勘三郎の死……。

――勘三郎の死は、自らの古典の芸の円熟を奪ったのみではない。吉右衛門との両者晩年の連合による、大歌舞伎の中核の形成という、ひとつの演劇の理想をも奪った。 〔…〕

 ――勘三郎の死は即、吉右衛門の損失だった。戦後有数の演技者としての彼は、ひとり深山幽谷を思わせる境地を築いた。が、花実兼備の舞台、知情意の揃った豊熟の世界を創るためには、どうしても勘三郎が必要だった。芝居は、一人では出来ない。 (本書)

 

関容子■勘三郎伝説  

 

荒井修★浅草の勘三郎

 

Amazon中村哲郎★評話集 勘三郎の死

 

 

 

 

 

 

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