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2020.09.18

坪内祐三★みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。      …………歯に衣着せぬ発言から、( )書き多用の文章の方へ

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「〔名探偵エルキュール・ポアロの言葉〕

 椅子に坐ったままで考えるだけでじゅうぶんなんですよ。働くのは、ほれ、この頭ですよ」
 その手法を吉田さんは“アームチェア(肘掛け椅子)・ノンフィクション”と呼んでいる。
 しかし実はそれだけではない。吉田さんは調査を怠らない。私は偶然それを目撃した。

 いや、その前に。
 私は吉田さん以外の団塊の世代のノンフィクション作家の殆どが嫌いだ。
 パクリ屋たちばかりだ。
 しかしこれは彼らの出自に関係している。
 つまり、週刊誌のアンカーマン上りだからなのだ。


 アンカーマンはデータマンが集めてきた資料に目を通し、それをパッチワーク的に文章にまとめる。そのやり方が体に染まっているのだ。


 その点で、そのやり方(パクリ)が明らかな佐野眞一はまだ良心的だ。
 もっとセコいのは猪瀬直樹だ。猪瀬直樹は直接パクルことなく加工して誰かの研究を盗用するのだ(幾つだって例をあげることができる)。
 その中で吉田さんは違う。

 ――「マイ・バッド・カンパニー 吉田司さん」

★みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。/坪内祐三 /2020.07 /幻戯書房


 上掲の吉田さんとは、『下下戦記』、『宮澤賢治殺人事件』等傑作ノンフィクションをもつ吉田司(1945~)のこと。
「月刊現代」「論座」「ダカーポ」「エンタクシー」などの発表誌が休廃刊、担当編集者が退職したりして発表機会を失った吉田司にエールを送った文章。

 だが、その「いや、その前に。」とあるようにここは横道にそれた部分だ。坪内祐三の文章は、歯に衣着せぬ発言があったり、急に横道にそれたり、( )書きを多用したり、変幻自在というか、行き当たりばったりにみえる。

 その坪内祐三が若くして亡くなった(1958~2020)。

「本の雑誌」が「さようなら、坪内祐三」という特集を組み、 「ユリイカ」は「総特集=坪内祐三」の臨時増刊号を出し、それぞれ友人諸氏、同業者、編集者たちのおびただしい追悼文、コメントを掲載した。「新潮」「文学界」「群像」にも追悼文が出ている。こんなに人気のあった(あるいは畏敬された)文筆家だったのかと驚いた。
 
 以下に紹介する本書の「跋」(これも追悼文だが)を書いているこの平山周吉は、上記の「本の雑誌」「ユリイカ」「新潮」にも追悼文が掲載されており、坪内と親しい編集者仲間だったらしい。

 



 ――しつこいのを承知で、追悼文「坪内さんの電話」から三たび引用をする。

「はい坪内です。あもしもし名嘉真さん手紙ありがとう。あのねオレこの時間朝仕事場来て雑誌に目を通したりしたい時間なんだよ。だから11時から12時の間ぐらいにまたかけ直してくれない」

 実際に電話をしたことがあるならばご承知だと思いますが、坪内さんは非常に早口でした(油断していると聞き取れないことも)。

 最初の電話(1分で終了)を置いた時、(さすが東京人だ)と私は思いました

(余談ですが坪内さんの文体で特徴的なのはこんなふうに文末に(  )で註釈を入れることでそれが時に文章本体より長くなることもありました。

 そしてそこには読点「、」をあまり入れさせなかったのですが、もしかするとそれは本人の早口を文体上再現しようとしていたのかもしれない)。

――平山周吉「東京タワーなら倒れたぜ」



 ここに登場する名嘉真(春紀)さんとは、幻戯書房の編集者(本書を担当)で、この引用された追悼文「坪内さんの電話」は「ユリイカ」に掲載されたものである。

 当方は『靖国』(1999)『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り』(2001)『一九七二』(2003)など、編集者出身らしくユニークな視点の坪内に魅かれた。文壇ゴシップも楽しんだ。しかしいつの頃からか坪内本を敬遠するようになった。

 この人の文章は、パソコンで打ったものでなく手書きであろうと思われ(それはそれでいい)、その( )書き多用の文章、酔っぱらいながらだらだら書いているんじゃないでしょうね、思いついて( )書きで補足したり、いったん書き上げれば書き直しはしないんだろうなと、たまには添削しなさいよ、と気になって仕方がない。
 なぜあちこち( )で括るのか理解できなかった。註釈とは思いもしなかった。( )書きがあるとイライラした。速読のリズムが乱された。

 これまで当ブログで坪内祐三を十数冊とりあげているが、こんなメモが残っている。
 曰く、おなじみ( )書き多用の坪内祐三の文体。読んでいて呼吸の仕方が分からなくなり、苦しい。曰く、この書評はいい、いつものやたらカッコ書き多い文章でないのも、いい。曰く、このやたらに( )つきの文章に疲れる。曰く、これは( )書き多用のメモ書きのような文章でないのが何よりすばらしい。

 じつは坪内祐三への追悼文あまたあるなかで、その( )書き多用の文体に触れているのは、この平山周吉が引用した名嘉真春紀「坪内さんの電話」のみである。さすが名編集者。

(以上、けっこう坪内文をマネてみました。書きながらイライラした)

 ついでに書けば、坪内に作家の追悼特集について書いたものがあり、たしか文芸雑誌に掲載される追悼文の多寡は、作家の死亡年齢とリンクし、あまり高齢で亡くなると追悼文を書ける同時期の作家がいないためで作家の評価ではない、とあった。さて、坪内祐三の場合は?

 

Amazon坪内祐三★みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。

 

 

 

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