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2020.09.23

清水潔★鉄路の果てに        …………還暦コンビのシベリア鉄道“お墓参り”旅

Photo_20200923080901


 紙の隅には小さくこう記されていた。

 

 だまされた 〔…〕

 

 父はいったい何を言いたかったのだろうか。

 散逸寸前に見つけた数枚の走り書きと地図は何かの道標なのか。

 東海道線に重なって動き出した赤い線は、生命を帯びたかのように紙の上を進んでいた。

 下関から対馬海峡を渡ると、朝鮮半島の釜山から再び鉄道線上を進みソウルを経て大陸へ。中国のハルビンを抜け、その後はシベリア鉄道で遠くロシアのバイカル湖畔まで延びている。

 

 朝鮮、満州、シベリア……。

 西へ西へと鉄路をなぞっていく赤い導線。

 父が遺したこの線を、私は辿ってみたくなった。

 それが果たして「取材」なのか、何なのか。それはわからない。

 それでも私はその旅に出ようと思った。

 

★鉄路の果てに /清水潔 /2020.05 /マガジンハウス


 

 清水潔(1958~)『桶川ストーカー殺人事件―遺言』のジャーナリスト。

 青木俊(1958~)『尖閣ゲーム』の小説家。

 このずっこけ還暦コンビが、かつて清水の父が兵士として大陸へ渡った痕跡を訪ねて、いわば“お墓参り”の旅をした記録である。

 

 帯の惹句に、

「だまされた」

いつの時代も国は非情だ。

 別の帯には、

国は過ちを繰り返す。何度も。これからも。

シベリア鉄道に揺られながら日本近代史について考えました。

 とある。だが、こんな“過ち”もある。

 

現地ガイドのオリガさんが言う。

「この〔バイカル湖の〕氷の上に線路を敷いてシベリア鉄道の蒸気機関車を走らせたことがあるんです」

 

氷上鐡造失敗

咋朝巴里より或所に達した電報によれば二月二十八日貝加爾(バイカル)湖上の堅氷破砕し西伯利亜(シベリア)鐡造の機関車並びに車両五個は水中に陥落し将校四名、兵卒二十一名即死者を出したり。――東京朝日新聞1904年3月3日

 こういう記述を見ると、“過ちを繰り返す。日本近代史について考えました”が大仰に思える。

 モスクワと極東を結ぶシベリア鉄道の途中に九州ほどの大きさのバイカル湖があり、その迂回区間が未開通。その両岸を船で輸送するが手間がかかるし、冬場は氷で覆われる。そこでバイカル湖氷上に鉄道をという発想である。戦争の“狂気”は日本軍だけではない。

又々湖上の失敗

十五日バイカル湖にて西伯利亜予備兵七百七十名軍夫六十名溺死したり(氷上鐡造の陥落ならん)――東京朝日新聞1904年3月2 0日

 さて、上掲の「だまされた」という父のメモは何を意味するのか。

 父と同様に捕虜として抑留された日本人は57万人以上、ソ連兵に「日本へダモイ(帰還)だ」と貨物列車で運ばれるが、太陽の昇り、沈みから、列車が逆に西へ進んでいるのを知る。抑留者の手記などでなんども語られた話である。

 また、イルクーツクには当時8 1の捕虜収容所があり、1万8029人が強制労働をさせられ、そのうち1511名が死亡している。

 ――森林の伐採、同原木の貨車積卸し、原木整理、道路作り、苔取り(ノルマあり)、建築(今のログハウスに似ている) 家、倉庫など。鉄道の路盤建設、枕木運び、秋はじゃが芋の収穫、便所の汚物掃除、水汲 川から、等、雑役多し。

 という父のメモにある収容所での強制労働の話も、各種体験記でよく知られた話である。わざわざ「だまされた」とこだわることもない。なかでも圧倒される辺見じゅん『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(1989)という傑作ノンフィクションがある。

 ついでに書けば、シベリア鉄道紀行は既に多くあり、まんが(織田博子『女一匹シベリア鉄道の旅』2015)まである。

 そういえば相棒がいう「酸っぱくて、腐っているような味がするという黒パン」が、食堂車でもイルクーツクのレストランでもお目にかかれない。ついにはガイドに案内してもらったスーパーで見つけ、大事に東京へ持ち帰る(もっとも別人の旅行記では、市場でキャラウェイシード入り黒パンを売っている)。

 というわけで、当方は“鉄道オタク”である著者のボストーク号の観察とシベリア鉄道のうんちく、あわせて食い物の目のない相棒との掛け合いを楽しんだ。

 その話の合間に父の時代の“忘れ去られそうな歴史”を復習し、とくに鉄道と戦争のかかわりを知るというのが当方の読み方であったが、それはもちろん著者の狙いでもあろう。

Amazon清水潔★鉄路の果てに

 

 

 

 

 

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