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2020.10.11

斎藤美奈子★中古典のすすめ     …………1960~90年代ベストセラーのうち「恍惚の人」は古典となり得るか

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「恍惚の人」とは、今日でいう認知症(当時の用語では「老人性痴呆症」)のこと。「恍惚」は爆発的な流行語となり、本書も爆発的に売れて、この年の年間ベストセラー第1位に輝いた。文庫で400ページを超す長編小説。

  半世紀近く前の本だけれども、思ったほど古びた感じはしない。


読み物としてのおもしろさに加え、「わかるわかる」な話題が満載なのだ。

 本書が果たした社会的な役割は、「誰も知らなかった事実」を知らせたことではなく「ほんとはみんな知っていたけど公には語られなかった事実」を明るみに出したことだろう。この本で、とまれ認知症ははじめて、国民的な関心事として認知されたのである。

――「高齢化社会の入口で  有吉佐和子『恍惚の人』」

 

★中古典のすすめ /斎藤美奈子 /2020.09 /紀伊国屋書店


 

 中古典(ちゅうこてん)とは、著者の造語。なんとも下手な造語だが、「古典未満の中途半端に古いベストセラーを指す」という。

 1960~90年代のベストセラーを再読し、古典となりうるかを品定めしようとする。なぜベストセラーからかというと、話題にもならずに消えた本が古典になる可能性は低い。その時々にヒットしたり注目を集めたりした本は、すべて古典候補である、と。

 小説、エッセイ、ノンフィクション、評論など、著者が選んだ48冊。年代順にたどっていくと、「お決まりのジャンル」があるという。若者たちの生態を映す青春小説、「自立の時代」の女性エッセイ、反省モードから生まれた社会派ノンフィクション、懲りずに湧いてくる日本人論。

 数えてみたら当方は、48冊中26冊を読んでいる。そんなにベストセラーが好きだったか。1冊だけ取り上げる。

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 上掲の有吉佐和子『恍惚の人』(1972)は、数多く読んだ“老人の惚け”を扱った小説、エッセイのなかで、佐江衆一『黄落』(1995)とともに、忘れられない傑作の双璧である。


 当時わが国では「寝たきり老人」対策が急務で、「痴呆性老人」は行政の話題にも上らなかったと思う。それだけに初めて小説に登場した失禁する、徘徊する老人が驚きだった。

 健康診断を受けた医師に「立派な健康体です」と言われる。
 ――耄碌は病気ではないのかと問いかけてみると、医者は言葉を濁すという感じで、とにかく内科の診断では健康に異常はないのですと最後は切口上のようになった。 (同書)

 あるいは所在不明で探し回ったとき、若い警官は、
 ――どうしてそんな年寄りが、発作的に家を出て、青梅街道をか疾風のように歩けるのか理解ができないようだった。くどくどと説明したり、早く見付けるように哀願したりするのも、根本のところで分らないから、応対の言葉に困っている。 (同書)

 だから著者が言う「ほんとはみんな知っていたけど公には語られなかった事実」を明るみに出した作品、ではないだろう。ところで“恍惚”という言葉だが、『日本外史』にある三好長慶の「老いて病み恍惚として人を知らず」から採ったという。恍惚という言葉に当時、円地文子が反応した(以前書いたものをコピーする)。

 ――有吉佐和子さんの『恍惚の人』が戦後第一のベストセラーになって、日本中に読者層がひろがって行く間に、作者が脳軟化症の老人の瞳の色を形容した恍惚という言葉がいつの間にか、形容詞から名詞に変化し、慣用語になってしまった。  (「小説の題名」円地文子)

 だが当時、円地は、「コオコツ」は、恐らく、常用語として定着せず、いつの間にかほかの言葉に置き換えられるのではないかと思う、とも書いている。さすがに作家は鋭い。「恍惚の人」は「呆け老人」、「痴呆症」となりいまは「認知症」と呼ばれている。

 なお、当方があげた佐江衆一『黄落』は、高齢の父と母を描いたものだが、あれはほんとうに恐わかった。“究極のホラー小説”だと、当方は正視せず逃げた。

 本書は、“無謀にも” 名作度(いまも再読にたえるか)、使える度(読んでおもしろいか、響くか)というランク付きである。お遊びはともかく、ベストセラー再読の功罪を知る1冊である。

 

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