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2020.12.01

★傑作ノンフィクション 2020年ベスト10        …………☆ことしは長年の取材が光を放つ“労作”が揃った

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★傑作ノンフィクション 2020年ベスト10                   …………☆ことしは長年の取材が光を放つ“労作”が揃った

 

 2019年11月~2020年10月に刊行されたものから、この時代を記録にとどめる作品、この時代を顧みる資料として役立つ作品を選んだ(当方の好みで19年3月の1点を加えた)。
 今回は10位まで順位をつけ、作品中の“気になるフレーズ”を紹介した。体調を崩したこともあり、ブログに書かなかったものもある。ここでは作品へのコメントを短く付け加えた。
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❶佐々涼子★エンド・オブ・ライフ 

/2020年2月/集英社インターナショナル

  ――これが、200人以上を看取ってきた彼の選択した最期の日々の過ごし方。抗がん剤をやめたあとは、医療や看護の介入もほとんど受けることはなかった。
 毎日、まるで夏休みの子どものようにあゆみと遊び暮らすのが森山の選択だったのだ。
*
 京都の診療所で働く訪問看護師にすい臓がんが見つかる。すでにステージ4。その生き方を中心に、医師や看護スタッフ、患者やその家族、さらには著者の両親など、さまざまな終末期の考え方生き方が綴られる。人生の最期(エンド・オブ・ライフ)のあり方を、読者が自らに問うことを促す。
「亡くなりゆく人がこの世に置いていくのは悲嘆だけではない。幸福もまた置いていくのだ」(本書)

 5月に読了した時点で早くも“2020年ベスト1”と打った傑作。

 

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❷片山夏子★ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、 9年間の記録 

/2020年2月 /朝日新聞出版 

  ――五輪招致で「汚染水の状況はコントロールされている」と首相が世界に宣言し、イチエフはますます事故現場ではなく、普通の工事現場だとアピールされるようになった。
*
 作業員仲間では、「お・も・て・な・し」を「お・も・て・む・き(表向き)」に、「状況はコントロールされている」は「情報はコントロールされている」と揶揄している。
 著者は東京新聞記者。3.11発生時から福島第一原発で動く作業員の取材を担当し、いまも続いている。一人ひとりの作業員が語った「日誌」という形をとったユニークな連載。マスメディアは飽きっぽいものだが、長年の連載継続は社も記者も見事。


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❸林 新・堀川惠子★狼の義 新犬養木堂伝 

/2019年3月/KADOKAWA

 ――「私がいう産業立国は、皇国主義じゃない、侵略主義じゃない、これとは正反対のものである。
 わが大和民族は、海外に出て行っても一切の武装をせず、平和なる工人、平和なる農民、平和なる商人で資材を確保すればいいじゃないか」
*
 NHKのプロデューサーだった林新が構想し、半ばまで執筆中に闘病を余儀なくされ、その後を妻であるノンフィクション作家堀川惠子が書き継いだもの。歴史の理解を促すために、あえて架空の人物を登場させている。したがって厳密にはノンフィクションとはいえないが、あえて選んだ。ドラマ化したい犬養総理のスリリングな165日。政治家たちに読ませたい傑作評伝。

 

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❹宮下洋一★安楽死を遂げた日本人 

/2019年6月/小学館


 ――セデーションを用いれば最後の数日間は眠って過ごせる。だが、そこに至るまでの苦しみを、すべて除去できるわけではない。〔…〕
 一方の安楽死なら、余命1カ月となった時点で、自ら死を選択できる。この1カ月の苦痛は実質なくなる。
*
 前著『安楽死を遂げるまで』(2017)は、スイスなど欧米の安楽死事情を多くの事例で綴ったノンフィクション。日本人は安楽死という選択肢はなじまないと考えていた著者に、安楽死を望んでいる多系統萎縮症の女性からのメールが届く。のちにNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」で話題になったのと同一人物である。何度も自死を試みる女性を支え続ける3人の姉妹の言動は感動的だ。


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❺石井妙子★女帝小池百合子
/2020年5月/文藝春秋

  ――小池の掲げた公約が実現可能なものであるのか、議論されることは、ほとんどなかった。「東京大改革」と彼女は自分の公約をワンフレーズにし、七つのゼロを達成すると主張した。
「待機児童ゼロ」、「介護離職ゼロ」、「満員電車ゼロ」、「残業ゼロ」、「都道電柱ゼロ」、「多摩格差ゼロ」、「ペット殺処分ゼロ」である。二階建て電車を走らせ満員電車を解消する、空き家を保育士に住居として提供するという。
〔…〕小池は圧勝。都知事となった
*
  小池の父親譲りの詐欺師的虚言癖は“天才”の域に達している。これでもかこれでもかと執拗に小池の嘘を暴く著者の取材と覚悟に脱帽する。だが小池への不快感で読み続けるのがしんどかった。主人公への激しい嫌悪感は、佐々木実『市場と権力――「改革」に憑かれた経済学者の肖像』の竹中平蔵以来だった。


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➏大西暢夫★ホハレ峠――ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡
/2020年4月/彩流社

 ――門入にとってホハレ峠とは、物資の流通だった大切な道だが、人と人が交差しあい、出会いや希望があり、多くの人たちの想いが詰まった峠道だったに違いない。 春から秋にかけて、田畑の仕事をこなし、その合間をぬってボッカの仕事で現金を手に入れ、冬前になると街に出稼ぎに行った。そして芽吹く春に再び門入に帰ってくる。まだあどけない少女がそうして家族を支えてきた。
*
 揖斐川上流の巨大な徳山ダムによって、岐阜県徳山村が廃村になった。写真家の著者は、そこに住んでいた老女と1991年に知り合う。老女の小学生の頃の生活から、隣県の紡績工場への就職、北海道の開拓村での新婚生活、帰郷し、集団移転など、2013年に93年の生涯を終えるまでを、老女の問わず語りや各地に取材を重ね、本書を著した。
「100年の寿命と言われるダムは、一人の人間の寿命の長さでしかないのだ。わずか一代の時代を乗り越えるために、先代のすべてを食いつぶしてしまったのだ」(本書)


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❼杉本貴司★ネット興亡記――敗れざる者たち
/2020年8月/日経BP

 ――栄光をつかみスポットライトを浴びる者たちを、世間は「時代の龍児」ともてはやし、あるいは、「IT長者」や「成金」と心の中でさげすんだ。
 だが、多くの人たちは知らない。
 そこにあったのは未開の荒野を切り開く者にしか分からない壮絶なドラマだということを。パソコンやスマホの画面の中で毎日のように見かけるサービスは、そんな隠されたストーリーを何も語らない。
 栄光、挫折、裏切り、欲望、志、失望、失敗、そして明日への希望……。
 数え切れない感情が交錯するなかで、ある者は去り、ある者は踏みとどまった。
*
 90年代からの日本のIT企業の誕生の成功と挫折を追った“創業者列伝”。ドコモのiモード、ヤフー・ジャパン、楽天、ライブドア、ミクシィ、LINE、メルカリ等の創設への展開はまことにスリリング。この記録は一種の“辞典”として役立つ。それにしてもどういうわけか自著を表わすことが好きな天才たち。彼らはライバルというより狭い世界でつながった仲間であることに驚いた。
 あわせて森功『ならずもの 井上雅弘伝――ヤフーを作った男』を読みながら、当方は、80年代のパソコン事始めのPC8801購入、90年代のniftyパソコン通信、インターネットでホワイトハウスに初接続などから、現在のブログ、ツイッターの利用までなつかしく回顧した。


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❽宮川徹志★佐藤栄作最後の密使――日中交渉秘史   
/2020年4月 /吉田書店


 ――会談は、昼食を抜き、もう4時間近くもつづき、午後1時を大きくまわっていた。4人は、訪中スケジュール表を具体的に作成していたのである。……と、その瞬間、1枚のメモがとどけられた。「小組」側委員の1人は、なに気なく、メモを読み、硬い表情をつくると、あわただしく他の2人に、メモを読むようにうながした。
 一瞬の沈黙、が部屋を支配した。不吉な予感が私の背筋を走った。メモは、私の目のまえに示されていた。
 佐藤総理、本日、引退を表明――と、乱れた文字で書かれていた。新華社からの“至急連絡”であった。
*
 NHKBS1スペシャル「日中“秘密外交”の全貌~佐藤栄作の秘密交渉」のディレクター宮川徹志によって同ドキュメンタリーを“増補”した書籍版である。佐藤栄作の最大の功績は1972年の沖縄返還である。これには“密使”としてアメリカとの事前交渉にあたった若泉敬の『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』がある。だが佐藤首相には、もう一人“密使”がいた。中国との国交回復のために動いた江鬮眞比古(えぐちまひこ)という謎の人物である。日中国交正常化の99%は田中角栄以前に解決済みという“密使”の実像を丹念に追う。

 

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❾左右社編集部★仕事本 わたしたちの緊急事態日記

/2020年6月 /左右社

 ――ひとつの仕事は、誰かの生活につながり、その生活がまた別の人の仕事を支えている。
 本書は仕事辞典であると同時に、緊急事態宣言後の記録であり、働く人のパワーワードが心に刺さる文学作品でもあります。
*
 2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が発せられた。その日から4月末日まで、77人のさまざまな職業の人たちによって書かれた日記を集めたもの。日常生活をリアルタイムで、その肉声に近い思いを日記のかたちで記録した。貴重な“1次資料”である。編集者のアイデアと“速攻力”を示した一書。


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❿吉田豪★書評の星座――吉田豪の格闘技本メッタ斬り2005-2019
/2020年2月/ホーム社

 ――とにかく徹底した個人攻撃。プロだと思えない書き手は容赦なく糾弾するし、事実誤認も指摘せずにはいられないしで、めんどくさいことこの上ない。自分がこんな人間だったとは、自分でもすっかり忘れてた!
 そう、ボクは基本的に平和主義者で喧嘩も好きじゃないはずなのに、プロとしてどうかと思う人間に対してだけは昔から厳しかった。〔…〕
もちろん選手に対してはリスペクトがあるので、そこは基本的に批判せず、あくまでも同じ土俵上にいる書き手や編集のみを叩くというスタンスで、だ。
*
 格闘技本165冊の書評を集めたもの。“業界”に果敢に切り込む毒舌書評もさることながら、なによりもすごいのは帯のキャッチコピーにあるように、「この1冊でわかる格闘技『裏面史』!」であることだ。

 

 

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★このノンフィクションも堪能した
 ベスト10には選ばなかったが、興味深く読んだ本を、出版年月逆順に10点をあげる。

 

◎佐藤章★職業政治家小沢一郎 /2020年9月/朝日新聞出版

◎清武英利★サラリーマン球団社長 /2020年8月/文藝春秋

◎プレイディみかこ★ヮィルドサイドをほっつき歩け――ハマータウンのおっさんたち /2020年6月/筑摩書房

◎嘉悦洋★その犬の名は誰も知らない /2020年2月/小学館集英社プロダクション


◎林真理子★綴る女 評伝・宮尾登美子 /2020年2月 /中央公論新社 

◎岩瀬達哉★裁判官も人である――良心と組織の狭間で /2020年1月/講談社

◎高澤秀次★評伝 西部邁 /2020年1月/毎日新聞出版 

◎青山ゆみこ★ほんのちょっと当事者 /2019年12月 /ミシマ杜

◎横田増生★潜入ルポamazon帝国 /2019年9月/小学館

◎三浦英之★水が消えた大河で――ルポJR東日本・信濃川不正取水事件〔改題増補版〕/2019年8月/集英社

 

 

2020

★2020年傑作ノンフィクション補遺 


ノンフィクションに関する発言を、以下6点記録する。

 

◎ジョン・マクフィー/栗原泉:訳★ピュリツァー賞作家が明かすノンフィクションの技法
/2020年3月/白水社

――「創作ノンフィクション」という言葉を、このごろよく耳にするようになった。わたしが大学生だったころ、「創作」と「ノンフィクション」の二語を一緒に使う人がいたら、頭のおかしなやつか、さもなければコメディアンだと見られただろう。ところが、今日わたしは、「創作ノンフィクション」と銘打った講座で教えている。〔…〕
 ノンフィクションのどこが創造的なのか。それに答えようとすればまるまる一学期が必要だが、要点を言えばこうだ――創造性はテーマ選びの中にある。また、記事をどう書くか、題材をどのように並べるか、人物描写のスキルや手法、取り上げた人びとを登場人物としていかに成長させるか、文体のリズム、記事の全体性と骨格(立ち上がって歩き回れるような骨格か)、手元の素材の中にある物語をどこまで読み取り、語ることができるか、などといったことにある。創作ノンフィクションとは何か作り話をすることではなく、自分の持っているものをフルに活用することである。
*
ピュリツァー賞を受けた作品は翻訳されていない。

 

◎武田徹★現代日本を読む――ノンフィクションの名作・問題作
/2020年9月 /中央公論新社

――物語を構想するノンフィクションの創造力は、ジャーナリズムの事実的な文章に「文脈」を与える。ストレートニュースであれば“孤発例”としか思えなかった断片的な事実が、長い時間、広い空間のなかでつながりを得て、ひとつの事件の全体像を作り上げる。こうして断片的ではない出来事、事件、人物そのものと対面できる―― 。それは紛れもなくノンフィクション最大の魅力であろう。
 しかし物語の力を借りたことでノンフィクションは弱さをも孕んだ。ノンフィクションは物語の語り手を持つジャーナリズムであり、事実と事実を因果関係で結びつけて構成される物語的な世界は、語り手の構想力のたまものである。こうした語り手の構想力に依存する構図自体はフィクションの物語と変わらない。
*
Web連載中は「日本ノンフィクション史 作品篇」だったそうだ(?)。

 

◎高橋ユキ★つけびの村――噂が5人を殺したのか?
/2019年9月/晶文社

――いま、普通の“事件ノンフィクション”には、一種の定型が出来上がってしまったように感じている。犯人の生い立ちにはじまり、事件を起こすに至った経緯、周辺人物や、被害者、遺族、そして犯人への取材を経て、著者が自分なりに、犯人の置かれた状況や事件の動機を結論づける。そのうえで、事件が内包している社会問題を提示する。これが昨今のスタンダードだ。〔…〕
〔取材を重ねるうちに〕これまでとは違う、もう一つの切り口に気が付いたのだった。
 *
 このあとがきの裏話がおもしろい。

 
◎上原善広★断薬記――私がうつ病の薬をやめた理由 
/2020年5月/新潮社

――私が取り組んでいる文芸系ノンフィクションは、特にわかりやすくなくても良い。事実を元に物語化し、読み物として成立していればいい。他の分野よりも、とくに文章などの表現に力点を置いているのが特徴だ。
 事実を物語化するには、ただわかりやすく書くだけでなく、様々な仕掛けが必要だ。〔…〕
 小説が「空想をいかにリアルに書くか」だとしたら、文芸系ノンフィクションは事実がすでにあるので、「いかに事実を物語化するのか」に重きをおく。
*
薬で自らを律することができなくなったノンフィクション作家のリアルな告白。

 

◎元木昌彦★野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想

/2020年4月/現代書館

――私の周りには、刀折れ矢尽き、野垂れ死に同然に亡くなっていった同僚、仲間、物書きたちが何人もいる。
無駄に永らえた人間がやるべきことは、自分が生きてきた時代の証言者になり、後の世代に“何か”を伝えていくことだろう。
*
脳梗塞で倒れた松田賢弥などフリーライターの末路を編集者が記録にとどめる。

 

◎白石一文★君がいないと小説は書けない
/2020年1月/新潮社

 ――ベストセラーを連発するⅩ氏に対して、作家としての評価は高いものの部数には恵まれないP氏が嫉妬の炎を燃やしている、というのが業界でのもっぱらの評判だった。
 しかし、その程度のことでかつての盟友をここまで嫌うのは異常と言ってもいい。
 結局、真相は薮の中のままで、それはP氏の大反対で落選が決まったその選考会のあとも変ることはなかった。
 ただ、一年後、Ⅹ氏の新作が再び候補作に選ばれたとき、私は、ある人物を介してP氏と密かに面談し、今度の選考会では前回のような大人げない態度は慎んでくれるよう強く申し入れた。仲介に立ってくれた人物がP氏にとって頭の上がらない相手だったこともあり、彼は渋々ではあったがこちらの意向を酌んでくれた。
 奔走の甲斐あってか、その年、X氏はようやく受賞の栄冠を手にすることができたのである。
*
 文藝春秋社の社員だった頃、著者は大宅壮一ノンフィクション賞を担当していた。選考委員のP氏が、ありとあらゆる難癖をつけて徹頭徹尾、X氏への授賞に反対したという。イニシャルで明かせば、P氏とはI氏であり、X氏とはS氏であろう。

 

以上

 

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