嘉悦洋・北村泰一★その犬の名を誰も知らない …………タロとジロのほか、もう1頭生きていたんです
北村氏は言いながら、写真から日を離そうとしない。
やがて顔を上げて話し出したのは、タロとジロのことではなかった。
「あなたもそうですが、誰もが、昭和基地で生きていた犬はタロとジロだけだと思っています。
ところ、が本当は違う。もう1頭、生きていたんです」
私は文字通り、言葉を失った。信じがたい証言だった。北村氏は、私に会う前からこのことを話そうと決めていたという。
第3の犬が昭和基地で生きていたこと。
★その犬の名を誰も知らない /嘉悦洋・北村泰一 /2020.02 /小学館集英社プロダクション
南極大陸に残された兄弟犬タロとジロについては、映画『南極大陸』(1983・蔵原惟繕監督)で知られているが、古い話なので、思いだすために、若干の経緯。
1957年2月15日 第1次南極越冬開始。
1958年2月11日 第1次越冬隊は南極観測船「宗谷」に全員収容された。15頭のカラフト犬は第2次越冬隊が引き続き利用するため、昭和基地に係留したままだった。しかし天候が回復せず、第2次越冬は中止となった。鎖につながれたままのカラフト犬たちは、極寒の世界に置き去りにされてしまった。
1年後の1959年1月14日。第3次観測隊が昭和基地に到着すると、なんと2頭が生きていた。タロとジロ。それを確認したのは北村泰一だった。残る13頭のうち、7頭は氷雪の下から遺体で発見された。解剖した結果、完全餓死。6頭は、首輪などの痕跡だけ残して姿を消してて最終的に「行方不明」とされた。
1968年2月9日 福島隊員の遺体を第九次越冬隊貝が発見。直後に、1次越冬隊撤収時に残覆されたカラフト犬1頭の遺体発見。奇跡の生還を果たしたタロ、ジロとともに昭和基地で生き延びていた、“第三の犬”だった。
北村泰一は、1931年生まれ。1957年の日本南極観測隊第1次越冬隊、1959年の第3次越冬隊に参加。
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