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2020.11.18

村上春樹★一人称単数      …………傑作短篇「品川猿の告白」を読みながらひとり旅を思う

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「私は考えるのですが、愛というのは、我々がこうして生き続けていくために欠かすことのきない燃料であります。その愛はいつか終わるかもしれません。あるいはうまく結実しないかもしれません。

 しかしたとえ愛は消えても、愛がかなわなくても、自分が誰かを愛した、誰かに恋したという記憶をそのまま抱き続けることはできます。

 それもまた、我々にとっての貴重な熱源となります。

 もしそのような熱源を持たなければ、人の心は――そしてまた猿の心も――酷寒の不毛の荒野となり果ててしまうでしょう。〔…〕かつて恋した七人の美しい女性のお名前を大事に蓄えております。私はこれを自分なりのささやかな燃料とし、寒い夜にはそれで細々と身を温めつつ、残りの人生をなんとか生き延びていく所存です」

 ――「品川猿の告白」

★一人称単数  村上春樹 /2020.07 /文藝春秋


 『一人称単数』には短篇8篇が収められている。うちこの「品川猿の告白」が群を抜いて魅力的だ。

 思いつくままに一人旅を続けていた「僕」は、群馬県の某温泉の小さな旅館で、年老いた猿に出会う。街外れのただ古びているだけの宿で、そこに住み込み風呂の世話や掃除をしている。「僕」はその猿とビールを飲みながら語り合う。

 小さい頃から人間に飼われ、そのうち言葉を覚えてしまったという。かなり長く東京品川区の無類の音楽好きの大学の先生宅におり、先生に合わせてブルックナーが好きだという。「はい、七番が好きです。とりわけ三楽章にはいつも勇気づけられます」

 このあたりから村上ワールドに引き入れられる。

 だが紹介できるのは、上掲の愛について、猿が私見を語り始めるところまで。

  ――究極の恋情と、究極の孤独――僕はそれ以来ブルックナーのシンフォニーを聴くたびに品川猿の「人生」について考え込んでしまう。小さな温泉町の、みすぼらしい旅館の屋根裏部屋で、薄い布団にくるまって眠っている老いた猿の姿を思う。並んで壁にもたれてビールを飲みながら、彼と一緒に食べた柿ピーとさきイカのことを思う。 (本書)

 当方の旅はたいていビジネスホテルだが、なんだか町の小さな旅館に泊まりたくなる。年老いた女将から、その地のまつわる昔のできごとを聞ききたい。旅に誘われるような1篇だが、なにしろ村上春樹である。

後半はそれから5年後の話だが、あっと驚く展開というかオチが用意されており、未読の読者のために口をつぐまざるをえない。

 

 amazon村上春樹★一人称単数 

 

 

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