絲山秋子★御社のチヤラ男 …………社内でひそかにチャラ男と呼ばれている男について語るのは、本人を含む同僚など14人。
私は努力をしないひとが嫌いだった。
なんでも楽々とこなしてしまうひと、勘でものを言うようなタイプ、サボっていても帳尻だけ合わせる輩。いい加減にやって上手くできてしまうひとも、物事をほったらかして平気なひとも。
つまりチヤラ男である。
だがほんとうは、そのかろやかさが羨ましく、心は楽をしたいと叫んでいたのかもしれない。
「あのひと一貫性がないんだよね」山田さんが言った。「脈絡がないし受け売りばっかりだし」
「そう。不連続性のひとなんですよ」
「え、なに?」
私が失って苦しんでいた連続性をかれはもとから持ち合わせていない。ものごとが不連続でも、矛盾していても平気で生きている。
★御社のチヤラ男 /絲山秋子 /2020.01/講談社
地方都市にある「ジョルジュ食品」という会社の部長である三芳道造(44歳)は社内でひそかにチャラ男と呼ばれている。そのチャラ男を語るのは、本人を含む同僚など14人。会社という組織とその人間関係を浮き彫りにする。本書は“会社員小説”として評判になっている。
“会社員小説”といえば、伊井 直行『会社員とは何者か?――会社員小説をめぐって』(2012)を思いだす。同書では源氏鶏太、山口瞳、庄野潤三、黒井千次、坂上弘、長嶋有、津村記久子とともに絲山秋子の作品も取りあげられていた。
チヤラ男が言動のチャラチャラした男というのであれば、当方の会社にも沢山いた。「権力者に好かれ、そして人事に関わることを無上の喜びとしています」と本書にあるが、出世する男の1/4はチャラ男だったし、その上司もまたチャラ男だった。
さて、本書の「チヤラ男」とは……。
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「チヤラ男って本当にどこにでもいるんです。わたしもいろんな仕事してきましたけれど、どこに行ってもクローンみたいにそっくりなのがいます」
「さすがにクローンってことはないでしょ」
と言ったのだが、
「ほぼ同じです」と断言した。「外資系でも公務員でもチヤラ男はいます。士業だって同じです。一定の確率で必ずいるんです。人間国宝にだっているでしょう。関東軍にだっていたに違いありません」
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このひとの話すことって、コピぺなんだ。ひとから聞いたこと、ビジネス雑誌に書いてあったこと、ネットのまとめの受け売りなんだ。
チヤラみがはんぱない。
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偉くなる男性ってリスとかネズミみたいな齧歯類系のかわいい系で、性格きつめなひとが多いらしいです。三芳さんも敢えて言うならハムスターっぽい。
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自分で言うのもおかしいけれど、ぼくには自分がない。
その上、友達もいない。
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チヤラ男の中身はばか女である。おおらかというか若いというか、無鉄砲というか、ばかなことを平気で言ってしまうところが本質だと思う。ビジネスやフォーマルな場で実家での習慣とか、体のこととか、そういう極めてプライベートな話をしてしまうとか。そういう類のことなのだ。
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ところが齢四十を過ぎたチヤラ男は平気だ。外側はおじさんなのに、臆面もなくわがままな女の子みたいなことを言う。ビジネスやフォーマルな場でも着ぐるみを脱ぐし、脱いだら脱いだでばか女が出てくるのだ。
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あのタイプは実際どこにでもいるんです。
見た目や性格はほとんど同じですが、能力は多少の個人差があります。ものすごくうっかりミスが多い、働くことそのものが向いていないんじゃないかというひともいれば、得意分野に限ってはなかなかやり手というのもいる。ひとことで言えば「狡猾」ですかね。権力者に好かれ、そして人事に関わることを無上の喜びとしています。
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チヤラ男さんが何よりも嫌がるのは、無視されることなのだが、みんなに声をかけてほしいならもう少し感じよくしてくれても、と思う。
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別にぼくは特別な人間じゃない。何をしてもしっくりこなくて、間違った選択ばかりして苦しんでいる、チヤラ男はいつの時代でもどんな国にも、どこの会社にもいるのかもしれない。生きるということはプロセスだ。つまり誰にでも「その後」はあるということなのだ。
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