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2020.12.06

発掘本・再会本100選★短篇歳時記│森内俊雄     …………短篇と俳句の“二物衝撃”から幸田露伴『露団々』の方へ  

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 夢の世に葱をつくりて寂しさよ 永田耕衣

 

 公園の隅は藤棚で、ベンチはその蔭にある。冬の陽光が、枯れた蔦の間からさして、ベンチを白々と照らしている。

 いったい、冬の光の色を、どんなふうに説明すればよいだろうか? とりわけそのベンチに射している冬の光となれば、きわめてむつかしい。無理を敢えてして、たとえてみる。

 単純に、一本の葱が生えている姿を想像して、土際のあわあわしい白を眼に浮かべてみよう。

それを力強いとするひともいれば、切ない、かなしいとするひともいる。

 いずれでもよい。その白さからさしてくる光に似ている、と、言うのが適切であろう。ベンチは、そんな色の光に包まれて、待っている。誰かを待っている。

 

短篇歳時記 /森内俊雄 /1999.10 /講談社


 俳句をタイトルにした短篇集。

「俳句と短篇が、たがいに呼応するように、試みてみました。小説による俳句鑑賞、と読んでくださっても結構です」と作者。

 俳人遠藤若狭男が選んだ100句をタイトルにした100篇の短篇(400字4枚)をあつめたもの。「アトランダムというわけにはいかないのです。瞬間を永遠のものとして定着せしめ、それを俳句の文体で構築した作品でなければなりません」と遠藤は句の選定理由を書いている。

 上掲の永田耕衣「夢の世に葱をつくりで寂しさよ」を見てみよう。

 街なかのどこのでもある公園。保母さんにつれられた幼い子たちが嬉々としていたり、老年夫婦が肩を寄せ合っていたり、中年のホームレスがヒゲを剃っていたりする。 

 次に、ベンチが10脚あると書き、そのうち藤棚のそばにあるベンチに焦点を当てる。上掲がそれである。

 最後に、こんな情景が描かれる。

 ――公園近くのアパートへ引越してきた若い夫婦がいる。一日中ベンチに坐っている二人を最後に見かけたひとたちは、痩せた青年が英字新聞を読み、小柄なその妻がただ坐っていただけであった、と覚えている。

 ウィーク・エンドのニューヨーク・タイムズを読み通す、ということは、大河小説をたどるに等しい。病んでいてこそ、可能な仕事である。再生不良性貧血症。

 新聞を、わざとのようにベンチに置き忘れて二人が去り、二度と来なくなった日、読めもしない新聞を持ち帰った男がいる。彼の手もとで、新聞の日付から四カ月が過ぎている。待っているベンチ。それもまたどこにでもある。 (本書)

 

 ところでこのような小説のスタイルは、幸田露伴の『露団々(つゆだんだん)』に示唆を得たと著者が記している。

『露団々』は1889(明治22)年刊行の露伴の小説第1作である。以下引用は『幸田露伴集――新日本古典文学大系明治編22』(登尾豊・校注)による。

『露団々』は、アメリカの富豪ブンセイムが愛娘ルビナの婿を募集する新聞広告を出したところから始まる。多数の応募者の中に中国人伝亢龍の替え玉となった日本人吟蜩子がいた。だがルビナにはシンジアという恋人がいて、とストーリーが展開する。

 この第1回は「古池や蛙とび込む水の音」という小見出しがついて、「この心知り難し」と露伴自ら注を付けている。最終の第21回「あら尊青葉若葉の日の光り」は光あふれる春の到来からハッピーエンドを暗示している。すべて実際に句碑がある芭蕉の句を小見出しにしている。

 アメリカの富豪と芭蕉の俳句という“二物衝撃”の作品である。

 第14回は「葱白く洗ひ上げたる寒さ哉」である。「洗いたての葱の白さに身ぶるいするような寒さを感じた句」と注にあり、娘ルビナの気持を表わすものだという。

 永田耕衣といえば、神戸須磨に在住し大震災に遭遇した。のちの句に「枯草や住居無くんば命熱し」がある。当方は勤務地が須磨にあったとき、耕衣の句を好んだ。耕衣の死を悼んだ句「夢の世へ葱下げていく無月かな」を詠んだ。

 だんだん思い出してきたが、じつは当方も2001年に句集を上梓したおり、巻末に、俳句をタイトルに、それと響き合うことを狙った約1000字のコラムを30篇近く収録したことがある。

 敬愛する俳人が地域のFMラジオのパーソナリティをされていて、その番組で当方のこの俳句をタイトルにしたコラムを毎日1篇ずつ朗読していただいたことがある。

 当時は距離的にそのFMを聴けず(今ならインターネットやスマホでFMを聴取できる)、もっとも自作の文章をアナウンサーに朗読されるのを聴くのが恥ずかしく、後に録音テープを送っていただいたが、聴いていない。

 それはともかく、俳句と文章の“二物衝撃”のとりあわせ、相乗効果で解釈する、批評する、補完するのは難しかった記憶がある。本書『短篇歳時記』の100句も、露伴『露団々』の21句も、当方の読み方が足りないせいだろうが、なるほどと頷けるのは少なかった。

 

Amazon森内俊雄★短篇歳時記

 

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