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2020.12.25

森 功★ならずもの 井上雅弘伝――ヤフーを作った男            …………井上の残した名言「自分に理解できない人は採用する」

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 井上がそうして手塩にかけて育ててきたヤフー・ジャパンが、スマホ時代の到来という転機を迎えていた。にもかかわらず、当人はあっさり経営を投げ出してしまう。

「正直に言えば、井上さんはヤフーに飽きたのではないでしょうか」
井上の社長退任理由について先の松本〔真尚=井上の懐刀〕はそうも口にした。その言葉の真意は、ヤフーにおけるソフトバンクの孫正義との関係に疲れたという意味だろう。

 その一方で、経営の若返りを図ろうとした孫〔正義〕に首を切られたという説も根強く残っている。

 孫と同じ1957年生まれの井上は2012年、55歳にしてビジネスの世界から身を引いた。だが社長退任は、少なくとも孫との関係だけが理由ではないように感じる。

 間違いなく井上は、50歳になった頃から55歳になるまでの5年のあいだ、社長を退くタイングをはかってきた。それは、米ヤフー・インクが経営難に陥った2000代後半の時期と重なる。つまり米国事情が井上の進退に大きな影を落としているように思えてならない。

 

★ならずもの 井上雅博伝――ヤフーを作った男 /森 功 /2020.05 /講談社


 井上 雅博(1957~ 2017)
 1996年1月 ヤフー・ジャパン設立。同年7月からヤフー株式会社代表取締役社長に就任。日本におけるインターネットポータルサイトの草分け。

――「井上さんの残した名言はいくつもありますが、その中でも『自分に理解できない人は採用する』という言葉が印象に残っています。(川辺健太郎=ヤフー社長)

 ヤフーの社名の語源である無名の「ならずもの」を好んで雇い入れていった。
「今から振り返ると、井上さんが会社の創業期に採用した社員たちには、共通点がありました。インターネットが好きでたまらない人間ばかりだということです。それが、ヤフーの成功した最大の理由かもしれませんね」(宮坂学=ヤフー元会長)

 当方がヤフーでいちばん残念に思ったのは、検索エンジンをグーグルに替え、グーグルに対抗できる検索エンジンがなくなったことだった。検索がグーグルの恣意的独占事業になりはしないか。だが、それによって日本のヤフーだけが生き残ったという。それどころか、ヤフーは今なお、国内IT業界のトップ企業として君臨する。

 ――井上はストックオプションという自社株の割り当て制度や自らの投資のおかげで、莫大な財産を築いた。一説によれば、総資産は1000億円とも、それをはるかに上まわるともいわれる。
事実上の創業社長ではあるが、私財を投じて事業を立ち上げた事業家ではない。一介のサラリーマンからここまで成りあがってきたのである。(本書)

 井上は引退後、趣味の達人となり、クラシックカーをはじめ、ワインや音楽の世界に没頭した。
2017年、アメリカ・カリフォルニア州でクラシック・スポーツカーの耐久レース大会に参加している最中に自損事故を起こし死去。60歳没。

 IT業界“伝説の人”である。

 

 

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