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2020.12.24

高橋源一郎★「読む」って、どんなこと?   …………鶴見俊輔の最晩年に残したノートを静かに読んでみよう

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 簡単な文章を読みましょう。すごく簡単です。これから出てくることばたちは、鶴見俊輔(1922~2015)さんという哲学者の『「もうろく帖」後篇』(編集グループSURE)におさめられたものです。

「2003年6月26日

 家の近くによだれかけをかけた地蔵さんがいる。ながい年月にこわれて、表情はなくなり、のっぺらぼうだ。
 そのように、私は自分を失い、のっぺらぼうとして、他の私とまざって、野の隅に立つ日が来る。」〔…〕

 老いが深まってきた最晩年に残したノートが、この本です。最高の思索ができる人は、老いて、能力が落ちてゆく自分を、どんなふうに見つめていたかが、書かれた文章です。この文章を書いたとき、鶴見さんは81歳でした。

★「読む」って、どんなこと?  高橋源一郎  /2020.07/NHK出版 


 NHK出版学びのきほんシリーズの1冊。「読む」って、どんなことなのかを、考える本。

 学校で教わった文章の読み方だと「読めない」ものがある。たとえば、「1891-1944」というタイトルの詩。リチャード・ブローティガンの詩集『ロンメル進軍』の中にある詩。この詩は、本文は白紙、タイトルしかない。

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上掲の鶴見俊輔をもう少し紹介する。

――友は少なく。これを今後の指針にしたい。
これからは、人の世話になることはあっても、人の世話をすることはできないのだから。

――私の人生のおおかたは思い出になった。

――自分の年上に人がいなくなったので、自分より若い人の中に文章の規範を求める。

――私は若いときから老人を馬鹿にしたことがない。だから、いま、自分が老人になっても、私は自分を馬鹿にしない。

――自分が遠い。

「2011年10月21日
私の生死の境にたつとき、私の意見をたずねてもいいが、私は、私の生死を妻の決断にまかせたい。」

 89歳のときのこれが鶴見俊輔の最後の文章になった。

 津野海太郎『最後の読書』(2018)で、鶴見俊輔が晩年にノートに書きためた短文を集めた『「もうろく帖」後篇』(2017)のことを知っていた。本書にも晩年の様子が書かれているが、3年の間、言葉の発信を一切することできず、けれど読書だけはつづけた晩年に驚愕した記憶がよみがえった。

 じつはわが母も晩年に言葉を失い、一語も発しなかった。どうしてやったらいいか悩んだが、途方に暮れ、仕方なく少しでも刺激を与えようと、ロングチェアの前のテレビをつけっぱなしにした。いま思いだしても申し訳なく忸怩たる思いである。

 本書の著者はこう綴る。

 ――もうろくをする。年をとる。その結果、社会の中では、役に立たないからといって、爪弾きにされる。でも、それって、悪いことだけじゃありません。
ひとりになる。ひとりになって、静かに椅子に座っている。用事がないので、いつまでもそうしていてもかまわないのです。

 鶴見さんの文章の静けさは、そこからやって来たのかもしれません。でも、そんな鶴見さんは、さらに静かになった、もう発信する必要もなくなった、自分だけの静寂の世界で、どんなふうに、本を「読んで」いたのでしょう。
もしかしたら、そこは、究極の「読む」世界だったのかもしれませんね。(本書)

 

 

 

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