久世光彦★歌が街を照らした時代 …………引用しだすときりがない“歌詞=文句”の数々とエッセイのイントロ部分
あるひとつことに拘泥しつづけたり、たとえ偏りすぎるくらい偏っていたとしても、
人にしかない確かな人生を経て来た人たちの周辺には、こうした色や輝きや匂い、音や温度や空気の動き、そういったものがはっきり感じられるものだが、それは別に神秘でも何でもない。
見えつ隠れつその人の想念の中に絶えずあるものが、水がゆっくり滴るように流れ出ているだけの話である。〔…〕
俳句のように、人にもそれぞれ季語、季題のようなものが一つずつある、というのはどうだろう。
たとえば竹久夢二なら〈女〉、ずいぶん名誉な季語である。乱歩は〈幻〉、山頭火が〈風〉で昭和天皇は〈金木犀〉。他人のことばかりでは面白くないから自分についても考えてみるのだが、残念なことに季語らしいもの、何も浮かはない。きっと五十年、無為に過ごして来たのだろうと、ちょっと淋しくもなる。
人間、季語のひとつぐらいは懐にしのばせて死にたいものだが、いまとなってはもう遅い。
――「阿久悠の向うに海が見える」
★歌が街を照らした時代 /久世光彦/ 2016.05 /幻戯書房
『マイ・ラスト・ソング』という名著をもつ久世光彦は2006年に亡くなったが、その10年後に「歌」についてのエッセイを集めた本書が出た。
――私たちが若いころは、歌詞は〈文句〉と言い、曲は、曲とも言ったが、〈節〉と言った。ビートルズがやってきたころから、それが詞・曲になったという人もいる。どっちが良い悪いと言っているわけではなく、《義理だ恩だと並べてみたら/恋の出てくるすきがない…‥》(「兄弟仁義」)は〈文句〉で、《Hello, my friend /君に恋した夏があったね……》は歌詞だという話をしているのだ。(「文句」)
というイントロを経て、「〈文句〉の名人は、星野哲郎である」と本論に入る。
――別段どこにどう和風の気配があるわけでもないのに、何となく日本的な背景が似合う言葉というものがある。たとえば〈みれん〉、たとえば〈うすなさけ〉、たとえば〈面やつれ〉
――どれもシャンデリアやタキシードには似合わない。大川を下る夜舟の櫓の音とか、ちょっと疲れた黒塀越しの長唄の声まで欲しいとは言わないが、そんな効果音が入ると、途端に生き生きと色っぽくなるから不思議である。他にも〈心変わり〉とか、〈気落ち〉とかがそうだし、〈ねんごろ〉なんかもベッドというよりは畳に布団がよく似合う。(「うすなさけ」)
ところが話はがらりと変わり、昔々の映画『モロッコ』のゲーリー・クーパー、ディートリッヒの話。
「この言葉は、和洋の問題ではなく、〈うすなさけ〉が、男にとっても女にとっても、まだ甘酸っぱいロマンだった、過ぎ去った〈ある時代〉の名残りの言葉だということなのだろうか」と結ぶ。
――〈読み人知らず〉という言葉が、五、六歳の子供のころから好きだった。この言葉をいったいいつ憶えたのかは定かでないが、まだ小学校へ上がる前だと思う。子供心に、この言葉に何となく神秘と悲劇と浪漫を感じていた記憶があるのだ。それなら〈読み人知らず〉を知ったのは何によってかと考えてみると、『百人一首』だろうと見当がつく。(「読み人知らず」)
これもイントロの部分で、「大きな声で歌えない歌、世を憚る歌というのも、〈読み人知らず〉のことが多い」と本論、“放送禁止歌”に入っていく。
引用しだすときりがない“歌詞=文句”の数々とエッセイのイントロ部分……。
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