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2021.01.16

樋口直美◆誤作動する脳              …………レビー小体型認知症、明るい病人の手探り闘病記

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 50歳の終わりにレビー小体型認知症と診断されたときには、5年後の自分がどうなっているのか、まったく想像できませんでした。〔…〕ところがどっこい、予想を裏切り、今日も私は書いています(病気の脳には、大変な作業ではあっても)。

 そう。今の私は、たびたび誤作動する自分の脳とのつきあい方に精通し、ポンコツの身体を熟知して巧みに操り、困りごとには工夫を積み重ね、

病前とは違う「新型の私」として善戦しているのです。 〔…〕

 症状は変化しています。考えることも感じることも、時間とともに変わっていきますから、「今の私とは違うな」と感じる部分もあちこちにあります。でもそのときの私から、今、教えられることもあります。

◆誤作動する脳   /樋口直美 /2020.03 /医学書院


 著者樋口直美は、1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。41歳でうつ病と診断され、治療で悪化した6年間があった。多様な脳機能障害のほか、幻覚、嘆賞障害、自律神経症状などもあるが、思考力は保たれ執筆活動を続けている。前著に『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』(2015)。

「レビー小体型認知症」は、小阪憲司(著書に『レビー小体型認知症がよくわかる本』)によって1996年に命名され、診断基準が発表された。

 主な症状として、注意力の低下や視覚認知の障害、記憶障害などの認知機能障害、また実際には見えないものが見えたり(幻視)、その時々による理解や感情の変化(認知機能の変動)、歩行など動作の障害( パーキンソン症状)、大声での寝言や行動化(レム睡眠行動障害)など。

 症状が人によって多種多様なうえ、初期には記憶障害が目立たないため、違う病気に診断される患者が少なくなく、また「進行が早く、予後の悪い病気」と言われてきた。近年、早期発見されるようになり、薬剤過敏性に配慮した慎重な治療と適切なケアによって、よい状態を長く保つ方が増えてきていることが報告されている。

 「私の考えや気持ちを無視して、私の体が勝手にヘマをやらかす」「私自身、自分にどういう障害があるかは、“何かができなかったとき”に初めて気づくことです」
「これは一体どういう仕組み⁉」と考え、著者は医学書、専門書からコミックまで読み漁り、目の前の世界を違う形で認識する体験と不思議を「まぁ、おもしろがってもいます」、と筆致は明るい。 

 さまざまな症状が紹介されているが、たとえば……。目の前のスマホの着信音が背中のほうから聞こえてくる。テレビでしゃべっている人の口の動きと声がズレている、など音源の方向や時間がずれる現象がある。

 ――脳の病気を持つ私たちは、私たちの内面で起こっていることを知らない人たちから一方的に付けられた症状名や解説に絶望し、翻弄され、居場所を奪われてきたのです。
 私たちを社会から切り離すのは、単純な無知や根拠のない偏見ではなく、専門家の冷酷な解説だと私は感じていました。それは病気の症状そのものよりもずっと重いものでした。 (本書)

 うつ病の体験談も興味深い。
 7人目の主治医に、「体調の波はあるが、落ち着いて生活できている」と伝えると、抗うつ剤が半分に減り、5年以上飲み続けた抗不安薬が中止された。やがて毎年主治医に繰り返してきた「体調もよくなっています。私、薬をやめたいです」をその医師に伝えると、「やめましょう、すぐやめましょう!」と予期しなかった言葉が……。
 読書もハイスピード、多読が戻り、SNSも「急に使い方がわかるようになった」し、毎日ジョギングを楽しむようになる。精神科を初めて受診してから6年近くが経っていたという。

 実名で活動を始めて、医師と患者ではなく、「人と人」という水平な関係で話すようになって、患者と医師が、違う「常識」の上に立っていることを知り、同時に「医師にとっても病気の症状と薬の副作用を区別することは難しい」、「薬を減らすことは勇気がいる」など医師も不安や苦悩を抱えていることを知る。

 病名を告げられても、生活の相談、サポートの情報がなく、絶望から引きこもり、急激に悪化してしまう。当事者たちは「早期発見・早期絶望」という。
診断は、希望とセットで伝えてほしい」。明るい病人である著者の切実な声が響く。

 

 

 

 

 

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