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2021.03.30

花田紀凱◆編集者!        …………山本夏彦デビュー作をめぐって

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 一般に夏彦さんのデビュー作は39年に出した『年を歴た鰐の話』の翻訳ということになっている。

 が、実は20歳の頃、初めての翻訳を世に出しているのである。ルソーの『エミール』を子供向けに訳したもので、無想庵の一文はその本の序文として使われたものなのである。

 15、6年前、ぼくは早稲田の古本屋で、偶然、その本を見つけた。函入りの小さな本だった。

 『エミール』の内容もさりながら、無想庵の序文が素晴らしい。少年夏彦の姿が彷彿とするその序文をぼくは暗記するくらい、繰り返し読んだ。誰もこの本のことを知らないので一層、優越感をくすぐられた。

 ――誰も知らなかったデビュー作/山本夏彦さん

 

◆編集者! 花田紀凱 2005.03/ワック


 名物編集者の肩の凝らない回顧録。
 第1章 編集者は接客業である――作家・著者とのつきあいから学んだこと、第2章 断られたところから企画は始まる――スクープとアイディアこそ雑誌づくりの愉しさ、第3章 雑誌づくりは取材相手との真剣勝負――ぼくの取材トラブル体験、第4章編集の仕事はこんなにもおもしろい――ぼくの敬愛する編集者たち。
 執筆を依頼した作家、週刊誌の取材相手、先輩編集者たちの“ちょといい話”を集めたもの。

 上掲は敬愛する山本夏彦(1915~2002)について書いたもの。
当方は山本夏彦の『日常茶飯事』1962、『茶の間の正義』1967、『変痴気論』1971 など初期のエッセイが好きで、週刊新潮の「夏彦の写真コラム」が始まるまでの約10年ほど熱心な愛読者だった。

 その頃から巻末の著者略歴に記された訳書『年を歴た鰐の話』(レオポール・シヨヴオ)をまぼろしのデビュー作と読者間で騒がれていた(山本の没後2003年に復刻出版された)。

 ところで今回上掲の文章を読んで、念のため『ウィキペディア』を見ると、「24歳のときにフランス童話『年を歴た鰐の話』の翻訳で文壇デビュー(註:刊行は1941年)」とあるものの、「年譜」には「少年探偵エミイル  エリッヒ・ケストナー 耕進社 1934」と、それ以前の訳書が記されている。たしかに本書で花田紀凱が指摘しているようにデビュー作は別だったようだ。

 しかし本書のルソーの『エミール』は勘違いで、原作はジャン=ジャック・ルソー(1712~1778)『エミール』ではなく、エーリヒ・ケストナー(1899~1974)『エミールと探偵たち』である。

 

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国会図書館で検索すると、
少年探偵エミイル
エリッヒ・ケストナー 原作,山本/夏彦 訳,安/泰 装丁
出版社 耕進社出版年月日等 1934.6
大きさ、容量等 158p ; 19×14cm
価格 1円
 と出た。

所有している大阪府立図書館を調べると、以下の記述があった。

『少年探偵エミイル』
 ドイツの児童文学作家、ケストナー作品の翻訳。日本では高橋健二や池田香代子の訳出(ともに岩波書店)が有名。

 原作(原題:EMIL UND DIE DETEKTIVE)は昭和3年。ほどなくゲルハルト・ランプレヒト監督、ビリー・ワイルダー脚本によって「少年探偵団」(昭和6年)として本国ドイツにて映画化されたが、それが日本でも昭和9年5月から封切られ(73分、白黒)、これに併せて俄かに本作が出版ラッシュとなった。

 まずは、「春陽堂少年文庫」の『少年探偵団』(中西大三郎訳、春陽堂、5月29日)が出て、続いて『少年探偵エミール』(菊池重三郎訳、中央公論社、6月3日)、そして一日違いで本書『少年探偵エミイル』(山本夏彦訳、6月4日)刊行となる。映画公開を意識した出版であることは言うまでもないが、これだけの短い期間(6日間)に同じ翻訳が3冊も出るのは児童文学史的にも珍しい。

 書誌学では既知のことだったのだ。

 花田紀凱は「ある時、夏彦さんにその本のことを聞いてみたのだが、なぜか、あまり語りたがらぬ風だったので」云々とあるが、映画公開と同時に3種の翻訳本が出た、その1つだったのでは語りたくなかっただろう。

 あるいは父の友人武林無想庵の序文の、
――ボクは夏彦がかうしたインターナショナルなユーマニテに充ちあふれた傑作の翻譯をもって人生にデビューしたことをば衷心からよろこんでやまない。
 という記述が気恥ずかしかったのか。

 なお、花田紀凱は「箱入りの小さな本だった」と書いているので、山本夏彦訳『少年探偵エミイル』に間違いない。無想庵の序文が素晴らしいと繰り返し読んだという同書を紛失した経緯は本書に……。

 

 

 

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