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2021.06.27

手嶋龍一◆鳴かずのカッコウ               …………公安庁の諜報活動を追う、神戸観光を楽しむ、著者の蘊蓄に耳を傾ける、う~ん、一粒で三度おいしい小説

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「カッコウは他の鳥の巣に卵をそっと産みつけて孵化させる。〔…〕そうとは知らない仮親は、けったいな姿の雛が生まれでも、わが子と思ってせっせと餌を運んで大切に育てる。これがカッコウの托卵、つまり偽装の技や」

「偽装の技って――。まさに僕たちの生業ですね」

「戦後日本の情報コミュニティのなかで、俺たちは、最小にして最弱のインテリジェンス機関に甘んじてきた。だが、そのおかげで同業者やメディアの関心を惹くこともなかった。

深い森にひっそりと棲息するカッコウの群れみたいなもんや」

〔…〕「俺たちはみな戦後ずっと、鳴かずのカッコウとしで生きてきた。だが、おまえらはそうやない。必ず世間から必要とされる時がくるはずや。堂々と翼を広げ、思い切って飛んでみろ」

◆鳴かずのカッコウ 手嶋龍一 2021.03/小学館 ◎=おすすめ


 手嶋龍一『スギハラ・ダラー』からじつに11年ぶりのインテリジェンス(諜報)小説。


 中国・北朝鮮・ウクライナの組織が入り乱れた諜報戦が神戸を舞台に繰り広げられる。いつもの衒学趣味(いや蘊蓄本という)に加えて、今回は神戸ガイド本を兼ねる。あわせて脱力系の主人公という新機軸で、“一粒で三度”おいしく楽しませてくれる。

 梶壮太。神戸駅北側の法務総合庁舎8階の神戸公安調査事務所に勤める調査官。加古川の高校、国立大学法学部出身、サークルは漫画研究会。誰にも自分の印象を残さない外見と、自分が見た人物は細かく記憶できる特技を持つ。同僚に帰国子女のMissロレンスこと西海帆稀、上司に柏倉頼之、新長田の焼き肉屋では通称根室のナカオさん。

 須磨区月見山にすむ梶壮太は、垂水区ジェームス山周辺へのジョギングの途中に、船舶代理店エバーディール社がそこに建設中のマンションの建築主であることを、偶然に知る。梶の脳内データベースが動きだす。
 このエバーディール社は、かつて中朝国境近くに拠点を置く中国系企業がダミーとして使っていた疑いのある会社だ。その後深刻な海運不況のさなか「自動車専用船」の売買に手を出して更なる苦境に陥ってしまったという。

 ところで自動車運搬船といえば……。当方は自宅近くにある海に突き出た公園へよく散策するが、その東に人口島があり、岸壁に巨大な自動車運搬船がタグボートに曳かれて入出港するのを見るのが楽しみである(コロナ禍後は減少)。たとえばワレニウス・ウィルヘルムセン・ラインズというノルウェーに本拠を置く海運会社の船。人口島にある工場から作業車や船舶エンジンを積み込んでいるらしい。このずんぐりした船は日本の造船メーカーで製造されたもの。

 本書によれば、……。自動車運搬船(Pure Car Carrier)が老朽化すれば「死に船」にし、キャッシュバイヤーと呼ばれる船の仲買人が引き受けて解撤屋に売り渡す。彼らは再利用できる部品を回収し、最後は鉄のスクラップにして電炉業者に売り払う。ところが「生き船」のまま転売して儲けようとした業者がいる。作品の本筋に触れるので、以下省略。

 蘊蓄といえば、本書では、イタリヤ料理、ウクライナ料理、表千家茶道、源氏蛍、古今和歌集の「ほのぼのとあかしの浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ」、伊勢物語、さらに“マル対”同士が英語で俳句の季語「雁風呂」について語り合い、当方をしんみりさせた場面もある。

 次に、神戸案内を一つ……。

 ――昭和初期の海運王の豪壮な暮らしを窺わせる旧乾邸の正門を過ぎて進んでいく。近くを流れる住吉川の清流を引いたのだろう。澄み切った疎水が流れている。〔…〕
 旧乾邸のモダンな石組みの塀伝いに左へ曲がり、リボンの道と呼ばれる小径をゆく。若宮八幡宮の石段を登り、境内を一周し、今度は鳥居をくぐって坂道を下っていった。〔…〕

 遠くに目をやると、青い海と赤い橋梁が見えた。彼方には神戸港の白いクレーン群が並んでいる。急な坂道を下っていくと、小さな水車が二つ、カタンカタンと音を立てて回っていた。案内板には「灘目の水車」と記されている。〔…〕そのまま坂を下り、阪急電車の高架をくぐった。ほどなく右手に香雪美術館の石塀と庭園の深い木立が見えてきた。 (本書)

 同じ東灘区では、“マル対”の家が六甲アイランドのマンション、その近くの小磯記念美術館が重要な場所として登場する。著者好みの小磯良平のパステル画「赤いマントの外国婦人」の薀蓄をひとくさり。モデルの名前はエステラ、インディオの血が入った南米コロンビアの女性らしい、とか……。

 こうして諜報活動の進展とともに、神戸案内と蘊蓄が楽しめる。また紹介する本に、樋口修吉『ジェームス山の李蘭』、『石光真清の手記』、グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』、ウォルフガング・ロッツ『スパイのためのハンドブック』など。

 こんな台詞もある。
「われわれのインテリジェンス・リポートなど、岩波の『世界』のようなものですな。学者先生がいくら悲憤憤慨しても、現実の政策には何の影響も与えんのです」

 さらに前作でおなじみの英国情報部員スティーブン・ブラッドベレーまで登場する。

 

 

 

 

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