吉田修一◆ブランド …………“前菜集”という単行本未収録作品から名セリフを探す
「出会いがあれば、別れがある」とよく言われるが、ときどき別れなどないのではないかと思うことがある。
もちろん距離や気持ちが離れることはあるかもしれないが、
どんなに距離が離れても、どんなに気持ちが離れでも、出会ったという事実はなくならない。
この事実だけを積み重ねて、人は生きているような気がしてならない。
――「絆」(「AERA」2007年3月/セイコーエプソン)
◆ブランド 吉田修一 2021.07/KADOKAWA
広告×文学
一流ブランドには
物語がある
これは出版社のキャッチコピー。企業の依頼で描いてきた小説、紀行、エッセイを収録したもの。
巻末に、エディトリアル・ディレクター田中敏恵の著者へのインタビューが掲載されていて、インタビュアーはしきりに“前菜”だと言っている。
――小説をレストランで喩えると、『悪人』を含め、この十年の吉田修一作品にはステーキのようなメインディッシュが多かったように思うんです。けれどここにあるものはメインではなく前菜のような存在。〔…〕
世界中の気鋭のシェフが採用している、前菜のプレゼンテーションがいくつもあるスタイルによって、シェフの腕とテクの幅の広さみたいなのがいくつも散見できます。
著者も苦笑気味に「吉田修一前菜集」と答えている。「前菜=オードブル」を直訳すると、「作品の外」「番外の作品」ではなかったか。要するに落穂ひろいの「単行本未収録作品」である。が、吉田修一ファンには言うまでもなく垂涎もの。
当方は著者のANA機内誌『翼の王国』掲載のエッセイ『あの空の下で』、『空の冒険』など旅ものの“前菜”を愛読している。が、“メインディッシュ”は最近読んでいない。
本書でも旅を扱ったものが多い。
――ほかの都市の夜市がもしも「狂乱」の一歩手前であれば、ここルアンパバーンの夜市は、「静寂」の一歩先という印象が強い。
狂乱と静寂。
本当に凄まじいのは、実は静寂のほうかもしれない。
(「南国の気配。」/「Esquire」2005年)
――旅先で迎える朝ほど、清潔なものはないと思う。
おそらく見慣れた時計の中にある「朝」という時間帯ではなく、人間の身体の中にある「朝」という感覚を、旅先では思い出せるのだろう。(同上)
――「全てを用意しました。何を選ぶかはあなた次第です」
いつ訪れても、香港はこう語りかけてくる。
(「鏡合わせの街」/「THE GOLD」2010年/JCB)
タイアップ広告として書かれたものなので、ちょっと気取った装いも多い。
――今日、35歳になった。〔…〕
① たまには空を見上げているか?
② 5ヵ国語以上の言葉で「ありがとう」と言えるか?
③ 映画『ダイ・ハード』を観て、まだ泣けるか?
④ 好きな女はいるか?
⑤ 来年の誕生日が楽しみか?
指折り数えて、5つの質問に答えていく。幸い今年も全ての質問に気持ち良く〇がつく。
(「NIGHTCOLOR」シリーズ=「BRUTUS」2012年/パナソニック)
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