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2021.10.22

小野一光◆冷酷 座間9人殺害事件    …………ノンフィクション・ライターだが、ジャーナリストではない、と著者は言う

2021029


 それからの私は、彼との“対面記”を連載させてくれる媒体を探し、某誌に快諾を得た。
緊急事態宣言の解除を待って、私は拘置所の白石に往復はがきで手紙を書いた。その文面は以下の通りだ。

〈はじめまして。突然のお手紙失礼いたします。私はノンフィクションライターの小野一光と申します。これまでに殺人事件を扱った『殺人犯との対話』や『家族喰い――尼崎連続変死事件の真相――』といった本を出版しています。今回、『×× (本文実名)』という雑誌のために、

ぜひ白石様のお話を連続してお伺いできないかと考えております。

 もちろん取材には毎回謝礼をお支払いいたします。その金額、内容につきまして、ご相談できればと思っています。

そのために一度、面会の機会を頂けないでしょうか。葉書にてご都合をお教えいただけると幸いです。よろしくお願いいたします〉

 

◆冷酷 座間9人殺害事件 小野一光 2021.02/幻冬舎


 本書は半年前に読了していたが、このブログに書かないつもりでいた。前半は殺人犯に拘置所でのインタビュー、後半はその殺人犯の裁判の傍聴記。残念ながら犯罪ノンフィクションとして魅かれなかった。

 当方の読書は、ほぼ“ノンフィクション専科”である。ノンフィクション作家のノンフィクションについての発言を拾い集めているので、本書でもその観点から収集しようと考え直した。

 座間事件とは……。神奈川県座間市のアパートで2017年10月、9人の遺体が見つかり、逮捕された白石隆浩被告は、強盗・強制性交殺人などの罪に問われた。「自殺を手伝う」とSNSで呼びかけて、約2ヶ月の間に9人を自宅に誘い、殺害していた。

 小野一光(1966~)のノンフィクションは、『家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(2013)や『全告白 後妻業の女』(2018)を読んでいる。著者の事件取材は、発生を知ると現場へ出かけ、加害者、被害者の周辺を尋ねまわり、飲み屋で噂を収集するなど背景を調べることから始める。

 だが本事件では、当時複数の連載を抱えており、その後も著者自身が大病のため入院、手術し、動ける状況ではなく、取材を始めたのは3年後であるという。

 著者は、良心に訴えかけたり、報道の意義を訴えたりするのではなく、ビジネスライクに相手への利益の提供を申し出、そこから懐柔していく方法を選んだ。支払った謝礼は、かなり“安い”もので、常識の範囲内の金額であると書いている。だがあわせて白石の要請にこたえ、将棋本、ゲームの攻略本、グラビア写真集、歯ブラシ、爪楊枝、綿棒まで差し入れしている。

 ――ただし、それをやってしまえば、利益供与による情報の入手であり、ジャーナリズムではなくなってしまう。その葛藤がないわけではないが、私はあっさり放棄することにした。幸いにして私はジャーナリストを標榜していない。ノンフィクションとはつけているが、あくまでもライターである。物議はかもすかもしれないが、私個人の知りたい、見てみたい欲求を満たすことを優先させることにしたのである。(本書)

 未読だが『殺人犯との対話』(2015)という著作があり、殺人犯との面会は今回で10人目となる。

 インタビューの中味はリアルである。殺人の次第を事細かく語り、そこまで書き記す必要があるのかと、読んでいてザワザワ、ゾワゾワしてくる。これでは殺人教本、マニュアル、トリセツではないか。

 当方の勝手な期待は、SNSを通じて被害者が自殺幇助を依頼するに至るまでの悩み苦しみのプロセスを白石にどう告白していたかである。報道では自殺幇助としての殺人という印象を持っていたが、本書を読めば、単に連続強姦殺人事件だった。

 本書後半は、裁判の傍聴記録である。この部分も、裁判を傍聴した関係者への取材によって執筆したという。

 ――そうした手段による成果を、事件の本としてまとめることに対する抵抗がないわけではない。だが、〔…〕人生の苦悩に溺れそうになり、藁にもすがる思いで助けを求めた被害者たちの姿が詳らかになってくるにつれ、この現状こそは伝えなければならない、との思いを強くしたのだ。

 

 その結果、著者が書いたのは、……。

 ――裁判でもなお、彼は被害者やその遺族を蹂躙し続けていたのだと、思わずにはいられなかった。

 ――死刑を選択することで、あれほどの数の無辜の命を奪った責任を取ったと白石が考えているとすれば、それこそが最も罪深いことである。卑劣極まりない行為だと、断言できる。

 ――この事件の被害者たちが日常のなかで抱えていた苦悩に共感する、いまそこに苦悩を抱えている人々に対して、最悪の選択の先には、白石のような“卑劣な悪意”が待ち構えている可能性もあることを、記しておかなければならない、と。

 ――白石が起こした事件は、〔…〕SNSが身近なものであればあるだけ、決して他人事として片付けることのできない、“身近に潜む悪魔”として、認識する必要がある。

 著者のまとめが、なんと紋切型、おざなり、通り一遍で、あまりにもお粗末すぎるのではないか。
 それもこれも「死を意識せざるを得ない大病」後の体調が戻らない時期の取材や執筆であったためだろう。ノンフィクション・ライターであり、ジャーナリストではない、とまで著者は言わざるを得なかった。
 犯罪ノンフィクションの第一線に立つノンフィクション作家小野一光の復活を待つや、切。

 

 

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