金田信一郎◆ドキュメントがん治療選択 ――崖っぷちから自分に合う医療を探し当てたジャーナリストの闘病記 …………患者にできるのは「医者と病院を選ぶこと」だけ、か
夜になって、自宅の廊下で、18歳の次男とすれ違った。
一通り、手術と放射線治療のメリットとデメリットを話して、「迷っているんだよなあ」と言ってみた。
すると、次男は迷いなく、こう言った。
「それは、放射線でしょ」
「なんで?」
「いや、僕は長く生きるよりも、自分らしく生きたいから」
〔…〕たぶん、世の中の大半の患者は、手術を選ぶだろう。そう思っている。5年生存率が高いのだから、その選択は「正解」だと言っていい。だが、手術を受けた場合にも、術後の食事のとり方や生活の変化、傷の残り方など、デメリットもある。
もちろん、放射線にも多くのデメリットがある。5年生存率が低いことに加えて、被ばくによる副作用がある。皮膚炎や食道炎といったヤケドを負い、さらには周辺臓器の肺や心臓にも大きな負担がかかる。
だが、世の中には、いかに人生が短くなろうが、残された時間を思うように活動したい人もいるはずだ。
◆ドキュメントがん治療選択 ――崖っぷちから自分に合う医療を探し当てたジャーナリストの闘病記 金田信一郎/2021.07/ダイヤモンド社
著者金田信一郎(1967~)はジャーナリスト。
2020年3月1日から始まる。この日居酒屋で嘔吐、2週間後再び嘔吐。近くのクリニックで逆流性食道炎の見立てで薬を処方されるが治まらず、3月25日胃カメラの結果、がんと診断される。
3月27日、紹介された東大病院院長の診察。そして入院し、抗がん剤治療。しかし「食道にがんが3つある」「ステージが2~3」「強い抗がん剤を3クールやってから手術する」以外の情報はない。強烈な抗がん剤が5日間連続で投与される。だが、いつまで待っても病状も治療も納得できる説明がない。
某日院内のカフェテリアで、中年女性が医療スタッフから食道がんの手術後の注意事項を受けている場面に出くわす。食道の全摘、8時間の大手術になり、ICU (集中治療室)に2泊、翌日からリハビリなど、著者と同様の治療だ。質問はありますかの問いに、「8時間って長いなあ」と言いつつ、女性は「テレビありますか」。
――「いや、もう東大病院さんだから、全部お任せです」
なるほど、と思った。患者がそもそも、病状や治療について、細かい説明を求めていないのだ。偏差値教育の最高峰「東京大学医学部」の「附属病院」ならば、トップの医師たちが最高の医療を施してくれると信じ込んでいる。自分で医師や治療を選ぶことなど、微塵も考えていない……。(本書)
悶々とした日々のなかで、友人の「患者ができることは、医者と病院を選ぶことだけ」という言葉が響く。ネットや書籍、また友人知人へのメールで情報収集の結果、がんセンター東病院のセカンドオピニオンに行ってみたいと医療の専門家に問い合わせる。「今はセカンドオピニオンを聞くのは、その医師自身も、別の意見を聞けるので、前向きに捉えているように思います」。
紆余曲折のうえ、食道外科の“1000人に1人”という腕と人柄を兼ね備えた医師に出会う。千葉県柏市の国立がんセンター東病院に転院する。
当初は自身のことしか眼中になかったが、やがて同室の患者、かつての職場の先輩や同僚など、多くの知人とのメールや電話での情報が紹介される。うち二人……。
「実は、私も大腸がんになってしまいました」という能楽師の女性からの衝撃のメール。
――「K病院にお世話になっていましたが、現代医療ではなく、自然治療で行くことにしました。今、そのー環で断食中です。ステージはかなり進んでいるらしいのですが(「らしい」というのは、即手術前提の正式告知前に辞してしまったからです)、自分自身で決めたことなので、今後どんな状況になっても粛々と受け止めようと思っています」(本書)
もう一人は元某新聞論説委員の先輩。著者と同じステージ3の食道がん経験者。まずは抗がん剤を始めたという。だが、その効果が見られず、すぐに手術台に送られて10時間を超える手術を受ける。
食欲がないんだよ。食事を1人前も食べられないんだから。ちょこっと手をつけて、あとは「ごめんなさい」をするわけだ。そもそも、横になって眠れないんだから。寝ていると、胃酸が上がってきてしまう。もう外に出るだけでも大変なんですよ。
「問題は手術の後だから。それはもう壮絶ですよ」と繰り返す先輩の言葉で、なんども自問する。このまま手術を受けたら、その後の仕事に大きな制限を受けることになる。それでいいのか。
――手術をやめることはできないのか。
自問自答の末、日本一の食道がん執刀医による手術をやめて、放射線治療に切り替える、と著者は決意する。
こうして食道がん告知から6カ月後の9月20日。ようやく5クールにわたる抗がん剤治療の点滴針が抜けた。明日は退院。
――あと、どれだけ生きていけるのか、それは分からない。
だが、誰もが自分の人生の残り時間を正確に把握できないのと何も変わりはしない。
誰にでも等しく死はやってくる。
それよりも、瞬間を生きる大切さを感じることができた。(本書)
ざっと著者の7カ月に及ぶ闘病生活のあらすじを書いてみた。当方も進行中のがんを抱えており、「患者にできるのは、医者と病院を選ぶことだけ」という本書について興味深く読んだが、ここではあらすじを記すのみで、いっさいのコメントをしない。
「俳句」2021年10月号に、こんな句。
「命より一日大事冬日和」(正木ゆう子)
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