徳岡孝夫 土井荘平◆百歳以前 …………91歳の二人が次世代に贈る“快著”
彼は、眼がどんどん悪くなってしまって、この頃はもう字を読むことは到底無理になってしまっているので、口述筆記で原稿を書くようになっている。
カセット・レコーダーで録音できればいいのだが、彼の視力ではその機器を操作できない。〔…〕
彼の口述を電話で受けて、私が筆記する形で、彼の原稿作成を手助けしている。
新聞記者や雑誌話者の経験でもあれば、電話送稿を受けたり、対談を記事にしたりしたことがあるだろうが、まったくその経験のない私なので、最近ようやく少し慣れてきたが、それでも録音したものを再生したり、止めたりを繰り返しながら彼の文章として書き留めるようにしている。
彼が不自由だろうと思うのは、書いた分を読むことができないから流れが掴みにくいことで、そこで、あまり溜めずに書いた分を私が電話で読んで、次を彼にしゃべってもらうようにしている。〔…〕
わたしが思いついて彼と話して決めたことなのだが、日本人が今ほど長寿ではなかったせいもあるが、九十を超えた男が九十歳以上の日常を書いたものに思い当たらない。
それを書いておくことも何らかの意義があるのではないか。
そして、その狙いは、「百歳以前」の現実を挟むことによって、単なる老人の思い出話とは違うものを作り出せるのではないか、と考えて書いている次第である。〔…〕
出来上がって本になっても、彼は読むことができない。前著『夕陽ケ丘』でやったように、全編を私が読んでCDに録音し、彼はそのCDで聴くのかゴールだが、今はそのゴールを考えているのではなく、つくるプロセスに全力投球中である。
◆百歳以前 徳岡孝夫 土井荘平 2021.09/文藝春秋
徳岡孝夫(1930~)と土井荘平(1929~)は、共に91歳。大阪の旧制中学の同級生。土井荘平が商社勤務、自営業をリタイヤ後、自著を徳岡に送ったことから、電話による交遊が始まった。
徳岡孝夫は毎日新聞記者出身の著名なジャーナリストであり、アルビン・トフラー『第三の波』など多くの訳書があり、菊池寛賞を受賞している。当方は、手術ミスによる失明後、かすかな左眼の光を頼りに綴った『薄明の淵に落ちて』(1991)、がんに倒れた妻の介護の日々を綴った『妻の肖像』(2005)などをかつて愛読した。
失明寸前から約20年、91歳の今、まだ執筆活動を続けおられたのか。長い時間の経過がある。その執筆のプロセスは上掲のとおりである。
――徳岡君は、「長寿になったといっても、百歳になったらもう何をする能力もなくなる。百歳以前をどう生きるかだよ、これからの課題は。それを書こうと思う」と、新聞記者生活のさまざまな記憶の中からエピソードを択んで、締めに、問題提起や提言を置きたいと言う。
私は、それとは何の脈絡もなく、「『百歳以前』の身辺雑記」として、九十歳を超えた今現在の、環境、生活、思いなどを書いてみたい。後輩への指針になるか、反面教師になるか。いずれにしても何らかの意義があると思う、と言った。(本書)
徳岡は冒頭の「真の英国紳士」でこんな話。
ベトナム戦争の終わり、解放戦線の一斉攻撃は首都サイゴンに迫り、陥落寸前、市内の公園は難民がひしめいていた。報道関係者全員退去の連絡に集まった外国人記者30人ほど(日本人記者は徳岡記者のみ)。紆余曲折は略するが、一台の中型バスに乗って郊外のタンソンニャット空港へ。これでボートピープルになれる。
空港で若い米海兵隊員が現れ、50人ずつ分かれ、到着する米軍ヘリコプターに乗れ、と命令する。その中に足が悪いらしく杖をついたベトナム人の老紳士が一人、混じっていた。
――米軍ヘリが着陸するバスケットコートまでは百メートル。この老人はそれを走れないだろう。
困ったな、まったく、と私は、また舌打ちした。
その時である。
「I`ll walk him(俺がいっしょに歩いてやろう)」
という声がした。
バスに乗るとき、「Women and children first」(女性と子供が先だ)」と私を制止した英国のデイリー・メール記者のビンセント・マルクローンである。
彼は老人の片腕をとり、二、三歩歩く練習をした。
それからさらに二時間待った。
やっとわれわれボートピープルの順番が来た。
ヘリコプター一機に五十人、私は走って素早くヘリの後部乗降口から腹ばいで乗り込んだ。振り返ると、ビンセントは、老人の片腕を掴み悠然とした足取りでヘリコプターのほうへ歩いてくる。
早くしろという気持ちで、私は、エキゾウスト(排気) で陽炎の立つヘリの機関部越しに、老人と英記者をみつめた。
二人がわれわれボートピープルに両脇を支えられて乗り込むと、後部ハッチを開けたまま、軍用ヘリコプターは急発進、上昇した。(本書)
――ビンセントは、紛れもない英国紳士だった。
と徳岡は書く。弱いものを助け、全体の福祉を念頭において、この百年、英国紳士の行動と言葉を模範にわれわれは行動してきた、と。
徳岡孝夫は世界中を走り回った記者時代のエピソードから、次の世代の読者にさりげなく提言をする。土井荘平は91歳の独り暮らしの生活の細部から、次の世代への指針をなにげなく示す。
土井はマンション一階に妻の遺骨と暮らしている。気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患、前立腺肥大症、また不整脈が起こる心臓を抱えている。
週1回の日課。送迎バスで老健のデイ・サービス。訪問看護師による体調チェック、介護ヘルパーによる掃除など生活介助。月1回の医師、看護師による訪問診療、ケアマネージャーの介護スケジュール調整訪問。半年の妻の自宅介護で世話になった人たちに引き続き土井は世話になっている。そんなルーティンの暮らしの土井の歌……。
週一の別れる一瞬グータッチ介護聖女のくるる温もり
日々を淡々とつづるが、徳岡の回顧と土井の日常が同一人物の過去と現在かと見まがうようなハーモニーを醸し出している。
本書は、二人の問題提起や指針に押し付けがましさがなく、次世代にさりげなく贈る“好著”である。
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