本橋信宏◆出禁の男 テリー伊藤伝 …………コンプライアンス、パワハラ、モラハラが騒がれなかった時代のテレビ界
テリー伊藤は視聴者を面白がらせるには手段を選ばない。あの人ほど、視聴者を楽しませることに全力を傾ける人はいない、と人々は証言する。
その代償として現場は過酷だった。コンプライアンス最優先のいまとなっては、伊藤班は存在そのものが成立しないだろう。
大学、政党、テレビ局、編集スタジオ、寺院。撮影後、出入り禁止になったロケ現場がいくつもあった。
天才ディレクターは出入り禁止、出禁ディレクターでもあった。
◆出禁(できん)の男 テリー伊藤伝 本橋信宏 2021.08/イースト・プレス
テリー伊藤(本名:伊藤輝夫、1949~)といえば、テレビで実家の築地の玉子焼き屋の宣伝をしたり、芸能人の不倫を厳しく批判する(自らは長年にわたる不倫を文春砲にやられた)滑舌の悪いコメンテーターの爺さんとしか若い人には思われていないだろう。
だが、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(1985~96)、『ねるとん紅鯨団』(87~94)、『浅草橋ヤング洋品店』(92~96)など伝説的番組を手がけた“天才”ディレクターである本書は若い頃からの知り合いである本橋信宏(1956~)による評伝。400ページの大冊だが、一気に読ませる。
当方が記憶にあるのは『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』。今おもえば松方弘樹、高田純次、兵頭ゆき、木内みどりなどレギラーの配置が絶妙だった。
松方弘樹は、東映最後の時代劇スターであり、ヤクザ路線でも、その強面の男が、両手でハンカチをもち、額の汗をぬぐう“かわいい姿”で人気を博した。
いくつかの証言……。
高橋がなり・元IVSテレビ制作ディレクター
「伊藤って、実は凄く常識にうるさいんですよ。『時間は守れ』『礼儀はしっかりしろ』という。
常識を身につけた中で、『非常識にならないギリギリのところで遊ぶというのがセンスだ』というわけです。常識のある人間が非常識なふりをするというのがおしゃれなんだ、という観念を持っていらっしゃるんですよ。
伊藤さんに好かれるために、いかに人間としてダメなふりをするかとやっていったら、本当にダメな人間になっちゃうんですから」
岡崎成美・IVSテレビ制作社員
「(高田)純次さんから聞いたんだけど、純次さんが伊藤さんに唯一言われたのは、『誉めるときは本人に向けて、けなすときはカメラに向かって』ってことだったそうです。
『いやーお嬢様。きれいな格好して』って本人に向かって言いながら、『でも年に見えますけどね』って言うときってカメラに向かって言う。純次さん、『伊藤さんに言われたんだよ』って言ってました。『悪口言うときはカメラ目線』って言われたって。ああ、その分け方って凄いなと思いましたね」
加藤幸二郎・元日本テレビ制作局長
「ある優秀なディレクターの下につくと優秀な歯車ができる。ディレクターにはなりやすくて、品質管理はしやすい。つまり、あれの言ったとおりやればいい。それが正確にできる人がディレクターになる。でもずっと下にいる人間は、そこに置いておくと歯車になっちゃうんで、はがして違うところに付けないと、才能が死んでしまう場合があるんです。
その一方で、伊藤さんの下につくと、もう自由に面白いものをつくっていい。伊藤さんは、おれの言ったとおりにならなくていい、面白ければいいと、自由度を持っていろんな才能を何でも認めてくれて、そのまま伸びていくことを面白がってくれる人でした。
だからか、伊藤さんのもとから独立して会社ができていく。いろんなところに伊藤の遺伝子が分かれて、作り手が才能を発揮できる。
働き方改革、長時間労働の是正、コンプライアンス(法令遵守)、パワハラ、モラハラ、様々な倫理が求められるいま、テリー伊藤のかつての番組のようなものは放送不可能である。
テリー伊藤の発言。
「昔の百倍、いまのお笑い芸人のほうが面白い。しゃべりが全然違うよね。〔…〕
ディレクターたちがタレントの力なんか借りずに自分たちの力で面白くするんだってやるよりも、タレントさんをうまく利用して面白くしてやろうとするからお笑い自体が違ってきたんだよ。
おれのやりかたで百パーセントやるんだ、つていうと、お笑い芸人たちも、最初ついてさても二回目は、勘弁してください、自分たちの持ち味じゃないです、と言ってくるから」
本書のゲラを読んだテリー伊藤の感想が以下。“含羞”のひとである伊藤を著者はみごとに描いている。
――「読んでいて胸が痛くなってくるんだよね。かんべんして。助けて。なんだろう、これって。おれ、かっこよくなかったし、だらしなかったし」
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