稲垣えみ子◆一人飲みで生きていく …………一人飲みで人生にスカッと爽やかな風穴を開けよう
この本は、「一人飲み」に恋い焦がれて、つまりはさりげなく一人飲みができるヒトにどうしてもなりたくて、しかしどうやればそんなことができるようになるのかさっぱりわからず、仕方がないので徒手空拳で一人飲み修行を繰り返し、ついにその「極意」ともいうべきものを掴み取った私の自慢話……もとい、体験談であります。〔…〕
みなさん、一人飲み、是非ともやるべきです。それは必ずやあなたの人生を変えます。
良い方に。明るい方に。不安のない方に。
そう、はっきり言いましょう。
一人飲みができるようになると人生が開けます!
ウーソーダーと思うでしょ? でも本当なんだなこれが。
◆一人飲みで生きていく 稲垣えみ子 2021.09/朝日出版社
著者によれば、
――何かの用事で初めての場所へ行き、無事用事も済んで、さあ時間も頃合いだし、ちょっと軽く一杯やって帰ろうかナ。
これが一人のみである。
――一人で夕食ってミジメなんだよと、ついカレーとか蕎麦とかパッと食べてさっと帰る。
これは「孤食」である、と。
“一人で居酒屋”入門書は多い。そのなかで当方がいくつか見繕ってみると……。
島田雅彦『酒道入門』(2008)
――仕事場と自宅との間に、何か自分の巣を持っていたい。勝手知ったる店の暗黙の流儀を多少は知っている、そういう馴れ親しんだ場に身を置きたい。自分の座り癖のついた椅子に座る安堵感をもちたい。
酒飲みはみな、そういう願望をもっている。そこに立ち寄ることで精神の凝りがほぐされ、安心して家に帰ることができる。
池内紀『今夜もひとり居酒屋』(2011)
――新顔が常連クラスを尊んで席をきめるように、常連は新人を立てるぐあいに居場所を選定すべきだし、主人と新顔の対応を見て、順調もしくは順調以上と見てとれば、そっと姿を消して場をそっくりゆずるほどがいい。(「おなじみさんのあり方」)
東海林さだお『ひとりメシの極意』(2018)
対談相手の太田和彦が言う。
――ひとりだとしゃべらなくていいし、人の話を間かなくてもいい。店の人はこちらに関心がない。頼んだ酒も肴も全部自分のもので、酒だけに専念していればいい。そういう天国を知って、人生はガラリと「左」のほうに旋回して(笑)。
片岡義男『洋食屋から歩いて5分』(2012)
――じつは居酒屋そのものが、四季の変化のある日本のなかで、どの季節にもなんの無理もなしにすんなりと適合するように工夫されて完成した、食べて飲み笑って和む文化なのだ。
井上理津子『旅情酒場をゆく』(2012)
ある町の居酒屋で隣りに坐った人の話。
――「毎日。二、三杯飲んで、美味しいもん食べて帰って寝よんよ。ひとりもんやから、他にすることないし。毎日おんなじよ。この店できるまで毎日この時間に何してたのか、思い出せん…」
それぞれ具体的に書かれた“居酒屋指南書”である。これらと本書の違いは、「女の一人飲み」を強く意識して書かれていることである。
そして「一人飲みの極意1 2か条」として、たとえば「極意その1「一人客の多い店」を選ぶべし」、「極意その4 間が持たなくなってもスマホをいじってはいけない」など、12項目が並ぶ。
ところで一向に本書の中味に深入りしないのには訳がある。元朝日新聞大阪本社論説委員を50歳でやめて一人生き方を探っている稲垣えみ子のファンである。4冊目の『もうレシピ本はいらない』(2017)ではさんざん朝日の体質を批判し、「彼女の“朝日臭”の消え方に目が離せない」と書いた。そして『人生はどこでもドア――リヨンの14日間』(2018) ではもはや“朝日臭”はないと書いた。
ところが本書では“記者臭”がふんぷんとしているのである。ええい、あえて書いてしまうが……。
新聞特有の両論併記癖。「一人飲みの極意12か条」が自信満々と思いきや、角度を180度変え「店から見た一人飲み」を某店主にきくという悪いクセがでた。
社説なみの大言壮語癖。「人生における革命を引き起こす行為である」などと社説並み理想論で閉じるという悪いクセ。
新聞販売店の販促勧誘おまけ癖。電動自転車をもらった知人がいる(朝日ではない)。本書では家飲みのツマミの紹介という、なにか実用的なおまけをつける悪いクセ。
さて、当方が女性に一人飲みをすすめるとしたら、炉端焼きの店でしょうね。囲炉裏をコの字型に椅子が囲み、目の前に並べられた一夜干しのかれいやししゃもなど魚介類、なすびやしいたけなど旬の野菜を「それ焼いて」と指させば、たすき掛けの女性が目の前で注文に応じ、出来あがれば長いしゃもじで客の面前に、というスタイル。酒は「大関」。
最近はもっぱら“昼酒”で、電車で10分ほどの町の居酒屋へときどき行く。地酒「神鷹」の2合冷酒の店では、串揚げ(もちろんソースは二度漬け禁止)。「菊正宗」の1合燗酒の店では、地元のタコづくしで刺身、てんぷら、煮物、唐揚げ。
勤めていた頃、家と職場の間に第3の居場所が必要と書いた。当時は書店か図書館。今は居酒屋でしょうね。
コロナ禍の日々、著者はあくまでも明るくふるまう。
――あなたも一人飲みをやってみればわかります……というわけで、まあ騙されたと思って是非この本をお読み頂き、この閉塞感盗れる世の中で、こんなはずじゃあなかったのになぜか行きづまってしまったようにしか見えない自分の人生にスカッと爽やかな風穴を開けようじゃありませんか!(本書)
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