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2021.12.08

河合香織◆分水嶺 ドキュメントコロナ対策専門家会議   …………“前のめり”の専門家にリスペクトしたノンフィクションの傑作 

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〔専門家会議解散後の8月20日、日本感染症学会の基調講演で尾身茂〕

「ウイルスという相手が攻め込んでくるのに対し、その相手の動きを見ながらなんとか凌いできた」
リスクゼロを目指すような、常時緊張を強いられる試みは長くは続けられないとして、こう語った。


「剣道では相手をコントロールして動かせて抑える、『後の先(ごのせん)』といった言い回しがあります」


「先の先」という何事にも早く打ち込む戦略もある。だが、相手によってはそれは通じない。〔…〕
後の先、打たせてから勝つという方策を体に染み込ませようとしてきた。
尾身の「後の先」には、次のような信念があるようだ。

「自分がこうしたいと思っても、当然のことながら相手がある。それはウイルスであり、政府であり、自治体であり、市民だ。つまり自分の気持ちだけ大事にしていてはいけないということです。世の中のリアリティ、人の動き、それぞれの思いが一人ひとりにある。そういうことを知らずに、自説を唱えているだけではうまくいかない」

◆分水嶺 ドキュメントコロナ対策専門家会議 河合香織/2021.04/岩波書店


 日本で最初の新型コロナウイルス患者が確認されたのは2020年1月15日。その1か月後の2月14日に、「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」がつくられた。


 座長 脇田隆字・副座長 尾身茂・構成員 岡部信彦・押谷仁・釜萢敏・河岡義裕・川名明彦・鈴木基・舘田一博・中山ひとみ・武藤香織・吉田正樹の12名。

 本書は、7月3日に解散するまでの5か月間、官邸や官僚に翻弄されながらもめげない専門家たちの葛藤の記録である。

 一方で、副座長の尾身茂(地域医療機能推進機構理事長)は首相会見に同席し“御用学者”と揶揄され、他方、医学的な見地から助言する組織なのに経済支援や補償に口を出すと官邸に嫌がられた。

 たとえば、2月27日安倍首相は、専門家会議にいっさいの事前相談なく、国務大臣で構成する新型コロナウイルス感染症対策本部の会合で、全国すべての小・中・高に3月2日から一斉休校を要請する。
メンバーの一人、武藤香織(東京大学医科学研究所教授)の発言
「自分たちが前に出て、予想以上に目立ってしまった。そのことで、政治家が専門家を出し抜くようなイニシアチブを取ろうとする引き金になり、一斉休校につながってしまったのだとしたら、……」
 
 やがて同会議は、専門家会議と政府の役割分担が外から見るとわかりにくくなっていて、専門家が担うべき範疇を超えた部分を本来の姿に戻すべきだということ、そして法的安定性のため特措法に基づく会議体に変えるべきだといった理由から、同会議メンバーによって自ら解散を申し出、解散に際し“卒業論文”をまとめることとなる。

 その卒論、「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方」(案)について、6月22日座長の脇田隆宇(国立感染症研究所所長)に厚労省幹部からメールが届く。“卒論案”は「全体に言い訳がましく、ネガティブに捉えられるだろう」


――脇田隆宇座長
「役人や政府は絶対に間違ってはいけないという無謬性の問題があります。でも僕らは科学者なので、間違っていたことは反省します。反省して、それをすぐに次に生かす。だからスタンスが違うんです。何を言われようと、我々としては出すものは出すんだと思いました」

――鈴木康裕厚労省医務技監
「気になったのは、文中に一項立てられた「『前のめり』になった専門家会議」という表現だった。「自分たちがやってきたことに対してやりすぎだった、前のめりだったと言うことにも違和感がありました。さらに国民に与える印象も考えます。専門家は政府と揉めていたわけでもないし、混乱をきたしたかったわけでもないのです」

 ――文書の冒頭に書いていた「我が国の危機管理体制が十分ではない」という言葉は、「感染症に対する危機管理を重要視する文化が醸成されてこなかった」と書き直した。尾身が卒業論文で一番伝えたかったことは、まさにここの部分であった。まだ今から必死になればこれから来る波に備えられるかもしれないと願っていた。(本書)

 6月24日専門家会議構成員の代表として尾身、脇田、岡部が記者会見し、“卒論”「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方」について公表する。脇田の発言。

 ――「専門家による情報発信においても、あたかも専門家会議が政策を決定しているような印象を与えていたのではないか」、このため「本来の役割以上の期待と疑義の両方が生じた」。「一部の市民や自治体からは詳細で具体的な判断や提案を専門家会議が示すことに期待が寄せられたが、その半面で専門家会議が人々の生活に踏み込んだと受け止めて警戒感を高めた人もいた」

 記者からこんな質問が……。

 ――「西村大臣が特措法に基づく分科会を作ると会見で述べたそうです。新たな専門家助言組織というのは、そちらに移行するのか」
 尾身は驚いて、脇田や岡部と顔を見合わせた。
「大臣がそういう発表をされたのですか?」
 西村大臣は専門家のこの会見開始とほぼ同時刻に記者会見を開いて、「専門家会議は廃止する」と発言していた。
 尾身は「私はそれは知りませんでした」と応答した。(本書)

 この記者会見と同時刻に西村康稔大臣が会見を行っていた。いかなる政府の意図か、偶然であるはずがない。

 専門家会議が正式に廃止されたのは7月3日である。政府は、新型コロナウイルス感染症対策本部を持ち回り形式で開催して専門家会議の廃止を決定。特別措置法に基づいて設置されている新型インフルエンザ等対策有識者会議の下に、新型コロナウイルス感染症対策分科会を設置した。会長は尾身、会長代理には脇田が就任した。

 ――分科会がスタートしてすぐに、菅官房長官の肝いりで始められるGoToキャンペーンへの批判の声に、安倍首相は専門家の意見を聴取する考えを示した。だが、実施そのものは既定路線であった。〔…〕
 専門家が踏み出したルビコン川はさらに大きく深いものとなっていた。(本書)

 本書は、尾身茂をはじめ専門家会議のメンバーの視点に立って綴られている。ここではややセンセーションな部分を紹介したが、安倍官邸、厚労省など官僚のスキャンダラスな出来事に触れず、専門家の葛藤を冷静に綴った出色のノンフィクションである。なお、続編は「世界」に連載中。

 

 

 

 

 

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