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2021.12.08

半藤一利◆昭和史 昭和史戦後篇 B面昭和史 世界史のなかの昭和史    …………“歴史探偵”の爺ちゃんが語る“おもしろくて、ためになる”昭和史

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 たとえば、国力が弱まり社会が混沌としてくると、人びとは強い英雄(独裁者)を希求するようになる。

 また、人びとの政治的無関心が高まると、それに乗じてつぎつきに法が整備されることで権力の抑圧も強まり、そこにある種の危機が襲ってくるともう後戻りはできなくなる。

  あるいはまた、同じ勇ましいフレーズをくり返し聞かされることで思考が停止し、強いのに従うことが一種の幸福感となる。


 そして同調する多くの仲間が生まれ、自分たちと異なる考えをもつものを軽蔑し、それを攻撃することが罪と思われなくなる、などなど。

  そうしたことはくり返されている。と、やっぱり歴史はくり返すのかなと思いたくなってしまいます。(『B面昭和史』あとがき)

◆昭和史 昭和史戦後篇 B面昭和史 世界史のなかの昭和史 半藤一利/2004~2018/平凡社


  “歴史探偵”、“昭和史の語り部”と称される半藤一利の著作に最初の出会ったのは『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日』(1965)だった。当方が読んだには角川文庫版(1973)。といっても大宅壮一編とあり、半藤の名があるのは「あとがき」にある文藝春秋戦史研究会・半藤一利である。半藤名義で本書が出たのは、1995年である。

『半藤一利 橋をつくる人』(2019)のなかに、以下。


 ――「太平洋戦争を勉強する会」の名前じゃ売れない、半藤の名前じゃなおさら売れない、大宅壮一さんのところへ、編者として名前を貸してくれるようお願いに行け」、と出版局長の上林吾郎の命。

 ――大宅さんはちっとも読まないうちに快諾してくれ、その場で序文としてすらすらと喋ってもらったのを原稿に起こし、掲載しました。後日、大宅さんには御礼として5万円を持っていったのを憶えています。 

 ――退社と決まっていちばん最初にやったのは、『日本のいちばん長い日』を私の名前に返してくださいと、大宅壮一さんはもう亡くなっていましたから、奥さまにお願いに行ったことです。「恐れ入りますが、あの本には間違いがあり、それを全部直して決定版を出したいのですが、ついては著者名を私にお返し頂けないでしょうか」と。
 奥さんは快諾してくれ、会社に話してきちんと修正を済ませたあと、退職翌年の1995年に私の名前で決定版を出しました。

 ところで教科書では昭和に行く前に授業が終わってしまうので、まとまって昭和史を読んだのは三好徹『興亡と夢――戦火の昭和史(1)~(5)』(1986)だった。長い間愛読した。

 教科書のようにできごとを簡潔かつ羅列したものではなく、学者の本のように論文、注釈多しではなく、読み物として長丁場をらくらく読了できるもの。その唯一無二が『興亡と夢――戦火の昭和史』であった。
 
 いま手元に半藤一利『昭和史』4部作がある。著者が編集者に授業形式の語り下ろしによる「わかりやすい通史」として刊行された。三好徹『興亡と夢』よりも執筆時期が20年も新しいことに歴史の“現在”を知る意味がある。

『昭和史 1926-1945』(2004/平凡社ライブラリー 2009)
『昭和史 戦後編 1945-1989』(2006/平凡社ライブラリー2009)
『B面昭和史 1926-1945』(2016、平凡社ライブラリー 2019)
『世界史のなかの昭和史』(2018、平凡社ライブラリー 2020)

なお、当方は戦後編の途中である。まず年内に読了に至らない。

 

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