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2021.12.10

2021年◆傑作ノンフィクション(前)★ベスト10

 

1202110

 2020年11月~2021年10月に刊行されたものから、ベスト10、これも堪能した10作、さらにスペシャル補遺2作、計22篇を選んだ。このノンフィクションのベスト10ごっこは、2011年から始め、これが最終となる。体調を崩したこともあって、極端に読書量が減ったことによる。

・表紙写真
・著者名/書名
・発行年月/出版社名
・……キャッチコピー
・本文フレーズ(本書から)
・コメント〈memo〉

1202109

★1
◆インベカヲリ☆◆家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小倉一朗の実像    
/2021.09/KADOKAWA
…………刑務所こそが自分を確実に守ってくれる母であり、家庭だった

*
「私は検事の取り調べにおいて、『キリスト教徒が修道院に入るように、仏教徒が山門に入るように、私は刑務所に入るのです』と供述した。


すると、検事がこう問うた。『修道院には神の加護が、山門には仏の加護があるけれど刑務所にはないでしょう』。

それに答えて私は『国家の加護がある』と供述しました。
私は、刑務所で基本的人権が守られることを信じます」(本書)
*
〈memo〉
事件が起きたのは、2018年6月。男(当時22歳)は、「のぞみ265号」の12号車内において、新横浜-小田原間を走行中に、突然ナタとナイフを持って乗客を切りつけ一人を殺害、二人に重軽傷を負わせた。

取り調べに対し、「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」。この時点から、「刑務所に入りたかった」「無期懲役を狙った」などと供述していた。本書はその殺傷犯への面会、手紙、裁判傍聴、家族への接触等を通じて、事件の“動機”に迫ったノンフィクションである。

最近の殺傷事件をはじめ犯罪捜査は、証拠固め中心で動機の解明が軽視されているのが、当方は非情に不満である。解明されるべきは動機である。したがって本書を興味深く読んだが、「家族不適応殺」という著者の言葉も殺傷犯の男の告白も難解である。ここでは大胆に抜粋要約を試みるのみである。

 

2202105
★2
◆溝口敦◆喰うか喰われるか 私の山口組体験     
/2021.05/講談社
…………死ねば、その者を守り、隠してきた「取材源の秘匿」も解消されるべきだ

 

*
ノンフィクションや報道の世界では取材源の秘匿ということがいわれている。取材し、書くことで、取材され、書かれた人たちに迷惑を掛けるわけにはいかない。だからその情報の出所を隠し、ぼやかし、暖味にする。


しかし、かつて取材された人が死ねば、取材源の秘匿はとりあえず解禁されるのではないか。その人にとって秘匿すべき姓名も立場も職責も地位も解消されたにちがいない。


ことによると死後も秘匿されるべき秘密はあるかもしれない。しかし、私は「殺菌には日の光に晒すのが一番だ」という言葉を信奉する者である。


基本的には、何ごとも露わにしたほうがいい。死ねば、それまでその者を守り、隠してきた「取材源の秘匿」も解消されるべきだ。
本書中には、いままで私が隠してきた情報源の開示がいくつか記されている。(本書)
*
〈memo〉
溝口敦(1942~)、デビューして半世紀。本書は取材活動を中心にした回顧録であり半自叙伝である。
同時に山口組三代目時代から六代目山口組、神戸山口組、任侠山口組に分裂した現在までの“小型の山口組通史”である。


溝口にとって暴力団幹部にも好き嫌いがある。『荒らぶる獅子 山口組四代目竹中正久の生涯』(1988)の取材以来、竹中正久の実弟竹中武、正の二人に全幅の信頼をおいているのが分かる。4代目竹中正久といえばニュース映像で“吠える男”という粗暴なイメージしかないが、三代目姐が推挙するだけの魅力が竹中正久にあったに違いないと、今になって『荒らぶる獅子』を購入し、読んだ。溝口は嫌いな幹部も実名でその理由を明かしている。


本書はなんといっても組幹部と著者、編集者との取材をめぐるやり取り、かけひきが圧巻である。「いままで私が隠してきた情報源の開示」をして、スリリングである。

 

3202104

★3
◆河合香織◆分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議
/2021.04/岩波書店
…………“前のめり”の専門家にリスペクトしたノンフィクションの傑作 

 

*
〔専門家会議解散後の8月20日、日本感染症学会の基調講演で尾身茂〕

 

「ウイルスという相手が攻め込んでくるのに対し、その相手の動きを見ながらなんとか凌いできた」
リスクゼロを目指すような、常時緊張を強いられる試みは長くは続けられないとして、こう語った。


「剣道では相手をコントロールして動かせて抑える、『後の先(ごのせん)』といった言い回しがあります」


「先の先」という何事にも早く打ち込む戦略もある。だが、相手によってはそれは通じない。〔…〕
後の先、打たせてから勝つという方策を体に染み込ませようとしてきた。

尾身の「後の先」には、次のような信念があるようだ。
「自分がこうしたいと思っても、当然のことながら相手がある。それはウイルスであり、政府であり、自治体であり、市民だ。つまり自分の気持ちだけ大事にしていてはいけないということです。世の中のリアリティ、人の動き、それぞれの思いが一人ひとりにある。そういうことを知らずに、自説を唱えているだけではうまくいかない」(本書)
*
〈memo〉
日本で最初の新型コロナウイルス患者が確認されたのは2020年1月15日。その1か月後の2月14日に、「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」がつくられた。

座長 脇田隆字・副座長 尾身茂・構成員 岡部信彦・押谷仁・釜萢敏・河岡義裕・川名明彦・鈴木基・舘田一博・中山ひとみ・武藤香織・吉田正樹の12名。


本書は、7月3日に解散するまでの5か月間、官邸や官僚に翻弄されながらもめげない専門家たちの活動の記録である。本書は、尾身茂をはじめ専門家会議のメンバーの視点に立って綴られている。安倍官邸や厚労省など官僚のスキャンダラスな出来事に触れず、専門家の葛藤を冷静に綴った出色のノンフィクションである。

 

4202110

★4
◆上間洋子◆海をあげる
/2020.10/筑摩書房
…………娘にいつか読んでほしいという思いが伝わって

 

*
もし、あなたの窮地に駆けつけて美味しいごはんをつくってくれる友だちができたなら、あなたの人生は、たぶん、けっこう、どうにかなります。

そしてもうひとつ大事なことですが、そういう友だちと一緒に居ながらひとを大事にするやり方を覚えたら、あなたの窮地に駆けつけてくれる友だちは、あなたが生きているかぎりどんどん増えます。(本書)
*
〈memo〉
子どもをもつ17歳の母親のケースを扱っている章がある。性暴力をあつかった聞き取りは、語り手も聞き手も大きな痛みを伴う。したがってその著者の日々を描いたエッセイもまた、著者の痛みを伴う経験を隠さずに告白している。この1冊を成長した後の娘に読んでほしいという思いが伝わってくる。

 

5202108

★5
◆金田信一郎◆ドキュメントがん治療選択 ――崖っぷちから自分に合う医療を探し当てたジャーナリストの闘病記 
/2021.07/ダイヤモンド社
…………患者にできるのは「医者と病院を選ぶこと」だけ、か


*
夜になって、自宅の廊下で、18歳の次男とすれ違った。
一通り、手術と放射線治療のメリットとデメリットを話して、「迷っているんだよなあ」と言ってみた。
すると、次男は迷いなく、こう言った。


「それは、放射線でしょ」
「なんで?」
「いや、僕は長く生きるよりも、自分らしく生きたいから」

〔…〕たぶん、世の中の大半の患者は、手術を選ぶだろう。そう思っている。
だが、世の中には、いかに人生が短くなろうが、残された時間を思うように活動したい人もいるはずだ。(本書)
*
〈memo〉
居酒屋で嘔吐、2週間後再び嘔吐。近くのクリニックで逆流性食道炎の見立てで薬を処方されるが治まらず、3月25日胃カメラの結果、がんと診断される。
東大病院入院からがんセンター東病院へ転院、手術より放射線治療へ。
7カ月に及ぶ闘病生活。

――あと、どれだけ生きていけるのか、それは分からない。
だが、誰もが自分の人生の残り時間を正確に把握できないのと何も変わりはしない。
誰にでも等しく死はやってくる。
それよりも、瞬間を生きる大切さを感じることができた。(本書)

6202102

★6
◆大下英治◆スルガ銀行かぼちゃの馬車事件 四四〇億円の借金帳消しを勝ち取った男たち
/2021.02/さくら舎
…………悪徳ビジネスに対決する弁護士と被害者同盟の破天荒な闘い

*
「スルガ〔銀行〕は辞めた人間が情報を漏らさないか、探偵をつけているんですよ。……そんなこともする組織なんです」〔…〕

「スルガは、反社とつながってて、パワハラも当たり前の環境でした。そんなところで優秀な社員というと……要するに、法律違反を平気でできて業績をあげられる奴です」(本書)
*
〈memo〉
これは「かぼちゃの馬車」というシエアハウスを購入したものの、運営会社の経営難により、千人を超えるオーナーが莫大な借金を抱えることになった事件である。


河合弘之弁護士と冨谷(仮名)がリーダーの被害同盟のメンバーたちは、自己責任論で傷つきながらも、不正融資は返済せずと戦いに挑む。

被害者約250名が抱える不動産担保ローン合計残高約440億円をスルガ銀行が「帳消し」にするという、金融史上前例のない奇跡の解決となった。

 

7202011

★7
◆河野啓 ◆デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場 
/2020.11/集英社
………登れるはずのない最難関のルートを選んだ理由は

*
栗城史多さん。
「夢」という言葉が大好きだった登山家。〔…〕
山を劇場に変えたエンターテイナー。
不況のさなかに億を超える遠征資金を集めるビジネスマンでもあった。
しかし彼がセールスした商品は、彼自身だった。


その商品には、若干の瑕疵があり、誇大広告を伴い、残酷なまでの賞味期限があった。
彼はなぜ凍傷で指を失ったあともエベレストに挑み続けたのか?
最後の挑戦に、登れるはずのない最難関のルートを選んだ理由は何だったのか? (本書)
*
〈memo〉
栗城史多(1982~2018)は、「七大陸最高峰、単独無酸素登頂」を“売り”にした登山家。2010年から「冒険の共有」をテーマにエベレストに8度挑戦。2012年の4度目の挑戦時の凍傷により右手親指以外の指9本を第二関節まで切断。

2018年の8度目となるエベレスト登山時に体調を崩して登頂を断念。下山中に滑落死した。35歳没。

それにしても“技術よりも直観”、“プロセスよりも結論”という栗城さんの遠征に何度も同行したカメラマンや“劇場型登山”を煽ったディレクターや記者たち。その死を黙して語らないのは何故か?

 

8202103

★8
◆服藤恵三◆警視庁科学捜査官 難事件に科学で挑んだ男の極秘ファイル
/2021.03/文藝春秋
…………オウム真理教事件の科学的解明に活躍した男の自伝

 

*
状況が大きく変化したのは、オウム真理教事件だ。化学兵器が犯罪に使用され、銃火器や禁制薬物以外にも、数々の違法な科学が駆使された。

それらを製造する情報の入手は、新たな時代の科学を象徴するインターネットに依るところも大きかった。当時、「オウムの後は、何でもありの時代がやってくる」と痛感したことを思い出す。〔…〕

犯罪の高度化が進み、従来の捜査方法や能力だけでは対処できない場面が、そこここに現れ始めていたのである。(本書)
*
〈memo〉
1995年3月20日9時5分ころだった。警視庁本部庁舎の隣にある警察総合庁舎内の科学捜査研究所(科捜研)に「急いで頼みます」緊張した声と同時に、捜査員が駆け込んで来た。
「築地駅構内に停車中の、車両床面の液体を拭き取ったものです」とビニール袋を差し出した。

これが地下鉄サリン事件とのかかわりはじめであった。以後、著者はオウム真理教事件の科学的解明にどっぷりとつかり全力を尽くすことになる。

著者服藤恵三とはどういう人物か。当方の印象は、技術職として優秀であり、改革に意欲があり(同僚から敬遠され)、捜査畑のトップに取り入り(好かれ)、出世ばかり気にし、しかし深夜まで働く(博士号も取得)、といったタイプ。

だが悩みの種は出世欲を抑えられないこと。研究職の昇任試験に2度落ちたこともある。警視に昇任した後輩がどんどん所属長になっていく。そのたびに出席する送別会は、針のむしろだった。技術畑出身で捜査畑も対等に勤めた男の悩みであろう。

 

9202103

★9
◆古川日出男 ◆ゼロエフ 
/2021.03/講談社
…………“復興五輪”について被災者の話を聞き、やがて平家物語、そして憲法に至る

*
来春には東日本大震災から10年、みたいな区切りが来て……と私が言う、……その先には震災は忘却されるのが自然な流れなのかな、とも思うんですけど……。
ごにょごにょと言ってから、問う。

「どうやったら、伝えつづけられる、と考えます?」
「言葉は悪いけれど、傷なのかな」
「傷」私は即座に了解する。


「傷を残すこと」と高村さんは言って、「傷はたぶん、ずっと治らない」と続けた。
治らないから、と聞こえた。(本書)
*
〈memo〉
東京オリンピックが決まり、「復興五輪」と謳われたとき、東京オリンピックは東京でやればよい、「復興五輪」ならば被災地だけでやればよい、と著者は思う。「言葉が蔑ろにされている」。歩こう、と思った。

著者は、中通りと浜通り、計360キロ、19日を歩き抜く。
やがてかつて現代語訳した『平家物語』に思いが及ぶ(訳者として、1185年の文治大地震の被災者たちに『平家』を語らせた)。


――『平家物語』は震災文学であると感ずる。同じ口振りで言うのだけれども、『平家物語』は反戦文学である。日本の、古典文学、にして、古典反戦文学。
そういうものがあるのならば(事実ある)、日本の、現代文学、にして、現代反戦文学もあるだろうと探した。脳内にだ。答えは瞬時に出る。日本国憲法。(本書)


そして、その条文。九つめ……。

 

 

10202102

★10
◆船橋洋一◆フクシマ戦記 1 0年後の「カウントダウン・メルトダウン」
/2021.2/文藝春秋
…………傑作「カウントダウン・メルトダウン」の改訂増補版

*
(政府のコロナ対策は)
「小さな安心を優先させ、大きな安全を犠牲にする」福島原発事故で見られた安全規制体制と同質の「安心」に傾斜したリスク観と政治文化がここには横たわっているだろう。

ただ、専門家会議は、感染拡大抑止という国民の「安全」を最重要の政策目標とし、それぞれの判断を科学的根拠をもって説明できるかどうかを重視している。一方、官邸は、国民の「安全」に加えて「安心」を求める。〔…〕

それは、「安全」と「安心」のどちらにどの程度重点を置くかのバランスの問題でもあるが、「小さな安心を優先させ、大きな安全を犠牲にする」福島原発事故で見られた安全規制体制と同質の「安心」に傾斜したリスク観と政治文化がここには横たわっているだろう。(本書)
*
〈memo〉
傑作ノンフィクション『カウントダウン・メルトダウン』は2013年1月に出版された。当時、民間事故調の調査・検証や独自取材では、東京電力の協力が得られず、現場で格闘した個々人の話が聞けなかった。その後、貴重な資料や各種の報告書が次々と世に出た。

本書『フクシマ戦記』は1 0年後の「カウントダウン・メルトダウン」とサブタイトルある。その後の新たな取材の過程で得た新事実や新発見を前に、骨格を大幅に再構成し、書き直したもの。前著『カウントダウン・メルトダウン』の“改訂増補版”である。

 

2021年傑作ノンフィクション(後)★このノンフィクション10篇も堪能した

 

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