書籍・雑誌

荒川洋治ほか◆ことばの見本帖

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散文は、それをうけとる人が理解できるように文法的な一定のルールをもってつづられる。すばやく的確に、意味を伝達することに目的があるので理屈にあった書き方を選ぶのだ。

いうならば散文は、自然発生のものではなく、ある時点で「つくられたもの」、人間が近代社会とつながるために編み出された表現形式である。「つくられた」ものは不自然だとみるならば、散文は、異常なものである。〔…〕

いっぽう詩は、個人の感覚や思考をそのままのことばで表示する。

貧相で、奇妙で、ぶかっこうなことばでもいい。他の人には不思議に思われてもいい。個人の世界をなくしてしまったら、表現の価値はないと考えるからである。

個人の詩であるにもかかわらず、散文では行けない世界にふみこんで、輝きをはなつものもある。数は少ないが、それがすぐれた詩ということになる。

――荒川洋治「詩と光景」

◆ことばの見本帖|荒川洋治/加藤典洋/関川夏央/高橋源一郎/平田オリザ|岩波書店|ISBN9784000271066200907

★★★

《キャッチ・コピー》

詩と光景 アンソロジー(荒川洋治)/「小説を読む」とはどういうことか夏目漱石『坊っちゃん』に即して(関川夏央)/「次の千年の文学」のための文章(高橋源一郎)/さようなら、『ゴジラ』たち文化象徴と戦後日本(加藤典洋)/演劇のことば全十幕(平田オリザ)

memo

「ことばのために」シリーズ全5冊の別冊として、アンソロジーならびに執筆した本の延長で考えたことを各人がまとめたもの。一読に値する。

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ノンフィクション100選★世界の性革命紀行|上前淳一郎

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すでに性革命を通りすぎたか、いまそのさなかにある国の人びとは、なるほど子供のうちからセックスについて多くを知り、あるいはそれを自由に見たり行なったりしているだろう。

しかしそれを引き換えにその人びとは、性にまつわる多くの心理のひだをめくり捨ててしまった。〔…〕

性革命とはどの国でも、性におおいかけられていた神秘のベールをひっべがすことだった。

だがその結果、人びとはほんとに幸福になっただろうか。ペニスのサイズを測り、クリトリスの形状を調べ、持続時間を質問状に盛り込んで、いったいなにが得られただろう。

性とは統計でも知識でもなく、心理の発現である。だから、よく知っているものに愉楽より大きい保証はまったくない。

むしろ、子供のころから男と女が交合することになんの神秘も見出さずに育ってしまった人たちこそ、心理的に貧しい性生活しか持てなくなる危険があるというべきだろう。

★世界の性革命紀行|上前淳一郎|講談社|19802

 ここにノンフィクション作家の3冊の本がある。70年代末から80年代初めに書かれた“セックス革命”に関するものである。今になってはなつかしい。

エイズは、1981年にアメリカのロサンゼルスで最初の症例報告があった。日本では1985年である。すなわちエイズが世界に蔓延する以前に書かれた本である。

1980年に最高裁は、月刊誌「面白半分」に掲載された永井荷風の作とされる戯作『四畳半襖の下張』(19727月号)を、刑法175条のわいせつ文書販売の罪に当たるとした。そしてビニ本ブームは80年代、週刊誌にヘアヌードが解禁されたのは90年代に入ってからのことである。

立花隆『アメリカ性革命報告』197910月:「諸君!」19782月~11

上前淳一郎『世界の性革命紀行』19802月:「週刊現代」19791月~10

田原総一朗『セックス・ウォーズ 飽食時代の性』198411月:「週刊文春」19843月~8

 上前淳一郎といえば、初期は多彩なテーマをあつかうノンフィクション作家であった。本書『世界の性革命紀行』(1980)もその一つ。

「性革命を通りすぎた国―デンマーク」では、コペンハーゲンの市庁舎前にあるホルンを吹くバイキングの像にまつわるジョークから始まる。「あの像のを処女が通るとホルンが鳴る、といういい伝えがあるんです。〔…〕でもこの何十年か、ホルンを聞いたひとはいません」。1971年から義務化された性教育、というよりは避妊教育についての報告。

 「性革命の渦中にある国―西ドイツ」では、1975年に解禁されたポルノとセックスショップについての報告。「性革命いまだ成らずーフランス」では、「クイッド」という権威ある年鑑に載っているパリの娼婦地図から売春に関する報告。

 「性革命の劣等生―イタリア」では、ポンペイ遺跡の大胆な“性画”とその後のカトリックの影響を報告。ほかに「性革命のパイオニアたちーアメリカ」「性的冒険家の憂鬱―イギリス」という7つの国のセックス事情がソフトな語り口でレポートされている

 

 それに比して立花隆『アメリカ性革命報告』(1979)は強烈である。アメリカの性革命は人類史がいまだに体験したことのない領域に達していると、「人が千人いれば性的傾向は千ありうる」とか「ワギナ指向かクリトリス指向か」「ホモの世界の驚くべき広がり」とかの見出しが躍る。ほとんどが氾濫する男性雑誌を情報源にしていることが、ノンフィクションとしては不満である。性革命の進行は「実は誰にもまだよくわかっていない社会・文化的大変動が現に進行しつつあるのだという大変な問題に気がつく」と結論づけているのだが。

 田原総一朗『セックス・ウォーズ 飽食時代の性』(1984)は、“性行動”について10代から76歳の老人まで約200人に面接取材し、20のケースを具体的に紹介したレポートである。「妻たちが、すさまじい勢いで被害者から加害者に変貌しつつある」とある興信所の所長が指摘したとある。「困惑し佇む男、とくに中高年。われらの自立こそが緊要事である」と結んでいる。

 今や立花隆は“知の巨人”と称される評論家として出版界に君臨し、田原総一朗はテレビ番組で権力者を挑発し言質を取るやり方で司会者ではなく支配者となり、そして上前淳一郎はというと週刊文春のコラム、ストレス解消に効く『読むクスリ』(19842002、全27)で読者を永年楽しませてきたが、この“ちょっといい話”取材で燃え尽きたのか、まったくメディアに登場しなくなった。

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片岡義男◆ピーナツ・バターで始める朝

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壮年「引きずったら叱られましたよね、子供の頃」

僕「日常のなかによくある、ふとしたいろんな場面で、引きずるな、と大人たちに叱られた記憶は、確かにあります」

妙齢「お布団を引きずると叱られましたね」〔…〕

布団や味噌汁のお碗だけではなく、引きずること全般が、日本の人たちにとってはマイナスに評価されて当然のものだった、という仮説は無理なく成立する。〔…〕

過去を引きずっているとか、失敗をいつまでも引きずる、という生きかたへの評価も、同情によって中和される余地はあるにしても、かなりのところまで低いはずだ。〔…〕

いろんな引きずりをこうして観察していくと、どれにも共通する要素があることに、やがて気づく。所定の位置まで持ち上げられたのち、そこにそのまま維持されるべきものが、位置を下げに下げて地面と接している状態だ。

定められた位置まで自分で持ち上げてそこに支えていなければならないのに、支えているというごく小さな意志を放棄して、支えることを地面にまかせている状態。大まかにひと括りにすると、引きずるとはこういうことであるようだ。

――「引きずる人は叱られた」

◆ピーナツ・バターで始める朝|片岡義男|東京書籍|ISBN9784487804160200908

★★★

《キャッチ・コピー》

散歩をする。いろいろ考える。おなかがすく。おいしいものを食べる。本屋にいく。文房具を買う。公園の階段には、いつも太った猫がいる。日常と旅をテーマとした、おなかにも頭にもおいしいエッセイ集。

memo

片岡義男はタイトルをつけるのが、なぜこんなにうまいのだろう。旅と小説はどのように関係し合うのか/アイスクリームには謎がある/商店街が終わって三叉路になるところ/手帳が溜息をつく/母の三原則/読みそこなったいくつかの物語/本が僕に向かって旅をする……。

片岡義男■ 自分と自分以外――戦後60年と今

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ノンフィクション100選★宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 |高沢皓司

1998

失踪したⅠさんから「北朝鮮にいる」という手紙が札幌市の実家に届いたのは、19889月のことである。日本を出てから8年以上の歳月が過ぎていた。

《家族の皆様方、無事に居られるでしょうか。長い間、心配を掛けて済みません。私とMさん(京都外大大学院生)は、元気です。途中で合流した有本恵子君(神戸市出身)供々、三人で助け合って平壌市で暮らして居ります。

事情あって、欧州に居た私達は、こうして北朝鮮にて長期滞在するようになりました。〔…〕取り敢へず、最低、我々の生存の無事を伝へたく、この手紙をかの国の人に託した次第です》〔…〕

紙の裏面には、ちょうど折り畳んでいちばん上にくる部分に、次のようなメッセージが記されている。

please send this letter to Japanour address is in this letter)”

どうか、この手紙を日本に送り届けて下さい。わたしたちの住所は、この手紙の中にあります

★宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 |高沢皓司 |新潮社|19988

ロンドンに語学留学していた神戸外大生の有本恵子さんが、アテネからの手紙を最後に消息を絶ったのは、19838月である。そして5年後の19889月、神戸の有本さん宅に、北海道の石岡亨さんのお母さんという見知らぬ人から電話がある。「おたくのお嬢さんは、息子と一緒に北朝鮮の平壌にいるみたいなんです」。

上掲の手紙が、19805月にスペインで消息を絶っていた石岡亨の自宅に届くのである。ポーランドからのエアメールで、切手も消印もポーランドのものだった。(なお、札幌に手紙が届いた2ヵ月後の198811月に、有本恵子さん、石岡亨さんは招待所で就寝中、暖房用の石炭ガス中毒で子どもを含め死亡したと、後に北朝鮮が発表した)

「恵子にも責任があると思っています」という有本恵子さんの両親。拉致被害者と認定されるのはピョンヤンにいると判明してから22年後20033月である。一市民にとって、政府、外務省、警察庁、国会議員というのは、いかに厚い壁であるかは、有本嘉代子『恵子は必ず生きています』(2004)に詳しい。そして政治家、メディアなどを実名で告発したのが山際澄夫『拉致の海流――個人も国も売った政治とメディア』(2003)である。NHK報道局『よど号と拉致』(2004)は、番組の制作にあたり、よど号の妻たちを追い、その周辺から証言を得るための取材プロセスを明らかにしたドキュメントである。

恵子さん拉致の模様は、犯人の一人で、よど号グループ柴田泰弘の妻である八尾恵の『謝罪します』(2002)に詳しい。なお『謝罪します』は、そのタイトルのようないい加減な本ではない。ピョンヤン郊外の「日本人革命村」における金正日指導の下にあるよど号グループの活動やメンバーの私生活が臨場感あふれる語り口で綴られる貴重な証言本である。

 さて、よど号ハイジャック事件があったのは、19703月、もう40年になる。

赤軍派9名は、福岡、韓国金浦空港を経由して北朝鮮美林飛行場へ。亡命し、消息を絶った。メディアはその後よど号機長や身代わりとなった代議士の私生活を追っかけたが、月刊「創」だけが断続的に田宮高麿などよど号グループの近況を掲載していたように思う。執筆は本書の著者高沢皓司だった。

高沢皓司は、学生運動家出身であり、田宮高麿の友人としてよど号グループを支援する立場にいた人で、のちに本書で北朝鮮に残るメンバーから“裏切り者”との非難を受ける。著者は“巡礼の旅”と称しているが、本書『宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作』(1998)の取材は北京~延吉~長春~モスクワ~ロンドン~コペンハーゲン~マドリッド~パリ~ウィーン~ベオグラード~サラエボ~スプリット~ザグレブ~ブカレスト~バンコクに及ぶ。よど号グループの国際謀略秘密工作は、北朝鮮、日本以外にこれだけの地にかかわっており、著者による謎解きはスリリングである。

本書にこういう一節がある。

――「よど号」グループ(自主革命党)がこれまでに語りつづけたいくつもの虚構の物語は、すでに破綻した。

これまでの例でも、結婚を否定しつづけたこと、〔…〕ヨーロッパ「拉致」工作の偽装、子どもたちの「人道」を理由にした帰国問題の訴えと実際の不履行、いずれもすべて彼らの語ってきたことは虚構の政治的言辞にすぎなかったことが明らかになっている。

しかし、彼らはこうした《嘘》を語ることそのものが政治的な活動だと信じ、「革命」のためだと信じ、正しいことをやっていると信じ、いまも信じつづける。

これでは、彼らの語る「革命」もまた《嘘》で塗り固められた「革命」に過ぎない、ということにしかならないだろう。

「よど号」のハイジャック事件が起きてから、すでに30年近い歳月が流れた。異貌の思想の徒となった彼らの《嘘》が、ひどく虚しく、ひどく悲しい。

『宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作』は、よど号グループのその後の人生、北朝鮮という国、拉致の実態を描いたオンリーワンかつベストワンの書である。

文庫版に、新潮社『宿命』担当編集班名でこう記されている。

――「田宮が死ぬことがなければ、僕はこの本を書き出すことはしなかった」

高沢暗司氏は、いま、そう言う。『宿命』はかつての同志と袂を分かった一ジャーナリストの、血のにじむような内部告発の書であり、盟友田宮高麿への悲痛な鎮魂歌なのである。

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石井光太◆絶対貧困――世界最貧民の目線

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近年、貧困問題という言葉をあちらこちらで耳にするようになりました。アフリカの孤児、アジアの売春婦、中東の難民……テレビや新聞にはそんな言葉が溢れています。〔…〕

これまで貧困問題というと、「青少年のための議論」ばかりがなされてきました。〔…〕

マスコミがつくり上げる「涙を浮かべる栄養失調の子供」の姿などがその象徴でしょう。〔…〕

しかし、スラムだって路上だって、売春宿だって、そこで生きているのは私たちと同じ人間なのです。恋もすれば、嫉妬もするし、自慰だって不倫だってするわけで、かならずしも涙に暮れた純粋無垢な被害者しかいないわけではないのです。

◆絶対貧困――世界最貧民の目線|石井光太|光文社|ISBN9784334975623200903

★★

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スラム、物乞い、ストリートチルドレン、売春婦の生と性…11ドル以下で暮らす人々と寝起きを共にした気鋭のノンフィクション作家が語る。泣けて、笑えて、学べる、ビジュアル14講。

memo

カルチャーセンター講師という架空の設定で講義する、という“上から目線”が、そもそも読む気を喪失させる。

堤未果■ ルポ貧困大国アメリカ

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宮脇俊三◆終着駅

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古今東西の万巻の書のなかから、たった一冊だけ選ぶならば「時刻表」になるだろう。〔…〕

名著とは、浅く読んでも深く読んでも、人さまざまな視点から読んでも、それなりにおもしろい本を指す、と私は定義している。

また、微細な各論を坦々と並列または積み重ねるだけで、いつのまにか読者に巨大な像を結ばせるような書物こそ、読みごたえがあると思っている。

総論や結論は立派でも各論の薄弱な本は読んでも血や肉にならない。

その意味で「時刻表」は汲めども尽きぬ興趣にあふれた読みごたえのある本、と言えるのではないか。

たとえば、主要な幹線や大都市近郊のページを開いてみる。特急、急行、快速、鈍行などがひしめき合い、抜きつ抜かれつで走っている。一本の線路を奪い合い、ゆずり合いながら、多数の列車が、なんとかやりくりをつけている。苦しまざれに鈍行が急行を抜くという珍現象もあり、推理小説の材料を提供する。

――時刻表を読む楽しみ

◆終着駅|宮脇俊三|河出書房新社|ISBN9784309019383200909

★★

《キャッチ・コピー》

デビュー作『時刻表2万キロ』と『最長片道切符の旅』の間に執筆されていた幻の連載「終着駅」。鉄道を最果てまで乗り尽くした著者が書き残していた終着駅への旅路。宮脇俊三最後の随筆集。

memo

このごろ河出は、単行本未収録作品集が得意なようで。

宮脇灯子■ 父・宮脇俊三への旅

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堀江敏幸◆正弦曲線

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ただひとつ頭を悩ませてきたのは、男性用パジャマの上着についているポケットが、なんのためにあるのかということだった。〔…〕

女性用のパジャマにはポケットがないので、もしや男性にのみ必要な用途があるのではと勘ぐる者もいるだろう。実際、あれはエイズ防止にも役立つものを入れるところだと主張してやまない男に会ったこともある。〔…〕

最近ではカード式ラジオやMP3形式のプレーヤーをしのばせる者も出てきたそうだが、現実になにかをポケットに入れたまま横になると、どんなに軽くても心臓のすぐうえに異物があるようで、気持ちのよいものではない。携帯電話もまた然り。

夢の記録でもとるつもりならメモは枕もとに置くべきだろうし、薬を入れるなら水といっしょにこれもよくわかるところに揃えておいたほうが安全だ。

――「昼のパジャマ」

◆正弦曲線|堀江敏幸|中央公論新社|ISBN9784120040375200909

★★★

《キャッチ・コピー》

なにをやっても一定の振幅で収まってしまうのをふがいなく思わず、むしろその窮屈さに可能性を見いだし、夢想をゆだねてみること。正弦曲線とは、つまり、優雅な袋小路なのだ。言葉と暮らしをめぐる省察の連鎖。

memo

エッセイの名品。秋の夜のまだまだ深みゆくらしく――長谷川櫂

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ノンフィクション100選★新東洋事情|深田祐介

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1988

中国の観光地が「活性化」しているのは、中国の開放政策のせいじゃない、日本の円高、そして日本人の一種身勝手な「中国幻想」のせいだ、という説もあります。〔…〕

「中国は、礼の文化といってな、礼に非ざれば動くことなかれ、と孔子さまもいってるんだ、中国人が人をだます筈がない」

大抵は中国留学体験の持主である添乗員たちは、「いいえ、文革によって礼の文化は亡びたんです」と反論したいのだが、そんなことをいえば、怒鳴りまくられるのがおちだとわかっているから黙ってしまう。〔…〕

中国へ旅行する、中高年齢層の日本人男性には、「中国大好き爺さん」が多く、添乗員は彼らの扱いにはほとほと疲れてしまうらしい。

「だから中国、やはり中国、さすが中国」というのが「中国大好き爺さん」を形容する場合の合言葉のようになっているのだそうです。

★新東洋事情|深田祐介|文藝春秋|19884

 深田祐介が話し言葉のような文体で書いた『新西洋事情』(1975)に、当時たちまち魅了された。海外で勤務する企業の社員たちの“あぶら汗の一滴、屈折する感情のひだ”を描いたノンフィクションである。その後も深田祐介のビジネスマンのカルチャーショックもののエッセイや小説をずいぶん読んだ。

 

 本書『新東洋事情』(1988)は、「アジアを語ることは、日本の国内問題を語ること」という状況になった1980年代の韓国、台湾、タイ、中国、ブルネイ、フィリピンなどアジア各国に進出した日本企業の現地におけるカルチャーショックと各国の発展ぶりをリポートしたものである。「タブーを書かなければ、アジアを書く意味がないようにおもわれ、そのタブーを書けば、どういう波紋が生ずるか、予断を許さず、気持がすくみがちでした」とあとがきにある。

 その後、シリーズとして書き継がれ、マレーシア、ベトナム、インド、シンガポール、ミャンマーなども描かれる。

ここでは上掲の『新西洋事情』(1975)に続いて、中国の動きを見てみる。

『新・新東洋事情』(1990)では、天安門事件にゆれる中国、南部沿岸地域を中心に急成長をとげる「赤い資本主義国・中国」の実態が描かれる。「天安門事件の衝撃と挫折感から脱しきれず、そして『中国とはなんだ』という、永遠の問いかけに、重く胸を閉ざされつつ、(北京へ)帰任していった(日本企業の)男たちも少なくないのである」。

『最新東洋事情』(1995)では、市場経済が進む中国など日本企業の盛衰をも左右するアジアは日本の救世主か、ライバルかが報告される。

「中国では商売を始めようとすると『3回盗まれる』といわれます。まず担当者に莫大なリベートを取られる。次に製品のノウハウを盗まれ、『もうノウハウはいただいたから、あんたのところは日本へ帰ってくれ』みたいな脅しをかけられる。3番目には、社員に製品自体を盗まれる、というわけです」。

『激震東洋事情』(1998)では、不気味な軍事大国・中国がアジアに及ぼす、さまざまな悪影響を分析し、日本と台湾の友好関係の再構築を提言する。「日中対立について今日に至るまで、江沢民主席をはじめ、中国指導部が繰り返しそれを持ちだすものだから、なんとなくアジアでは反日感情が強く、日本は嫌われているということになっている」。

さらに『中国に媚びてはいけない――東洋事情20002001(2001)では、汚職や偽造が絶えない中国の無軌道、そして「12億人の巨大市場・中国」幻想に酔い、媚び続ける日本の弱腰を糾弾する。「収賄した役人は皆金を持ってマカオに行って、この金はマカオのバクチで儲けた、という証明書を書いて貰って帰ってくる。今やマカオに空港ができて、中国全土から収賄の金を持った役人が金の“洗濯”に駆けつけていますよ」。

著者はタブー何のその“嫌中国、親台湾”が年を追って加速、親台湾のプロパガンダと化し、嫌中国暴走の様相を呈する。中国の近未来予測は(現時点からはすでに過去だが)まったく当っていない。かつて『新西洋事情』で描いた“あぶら汗の一滴、屈折する感情のひだ”の優雅さはどこにも見られない。

 わたしは、返還前の香港を見ておこうと1990年に、浦東新区の本格的開発がはじまった上海へ1992年に、シルクロード入門編として敦煌・西安へ1999年に、台湾を肌で感じておこうと2005年に、それぞれ行った。が、わたしはチベット問題に興味をもつようになってからの中国嫌いであり、なんとなく“二流”のイメージの台湾がいまも好きである。

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小林信彦◆黒澤明という時代

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改めて思うことだが、〈黒澤流ヒューマン・アクション〉が存分に発揮されたのは、「姿三四郎」(昭和18年)から「天国と地獄」(昭和38年)までであった長い時間が過ぎたから、冷静に判断できるのである。

太平洋戦争末期から公害まみれの東京オリンピックの前年まで――それが黒澤明という名の象徴する時代であった。敗戦・戦後から歪んだ高度成長まで、と言ってしまっては、単純化しすぎるのであるけれども。

そして、名前が巨大になり過ぎた。それ以後は、絵画的で静的な世界に沈んでいった。私はそう見ている。

◆黒澤明という時代|小林信彦|文藝春秋|ISBN9784163717203200909

★★★★

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〈世界のクロサワ〉の全作品をその公開時に見ることをつづけてきた著者が書く、時代と格闘してきた映画作家の栄光と挫折、喜びと苦悩。

《memo》

“老いたり”の感つよく、リアルタイムで小林信彦の新著を読むのも残り少なくなってきたと思っていたが、映画の話となると“小林ぶし”衰えず。

橋本忍■ 複眼の映像――私と黒澤明

田草川弘■ 黒澤明vs.ハリウッド――『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて

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嵐山光三郎◆「下り坂」繁盛記

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頭を下げるきっかけが大切であって、責任者が、ナンタラ、カンタラ、と謝罪の弁を述べ、最後に「申しわけありませんでした」というところで一斉に頭を下げる。

そのとき、頭の下げ方が揃っていないといけない。ひとりが下げ遅れると、見ているほうは、ダラケておるな、と腹をたてる。〔…〕

三人にひとりぐらい後頭部がはげている人がいると謝罪に深みが出て、効果的である。〔…〕

頭を下げるきっかけを責任者が、ハイ、と声をかけるわけにもいかず、アウンの呼吸で一斉に頭を下げる。それには稽古が求められる。

かくして御免流家元、頭の下げ方作法の達人が求められる。

かつての会社幹部は、実務のほか、座禅、剣道、茶道、謡曲、小唄、ゴルフ、座敷芸、団交交渉術、密告、情報収集マージャン、囲碁、談合、などの習い事をしたのであるが、いまや、御免流謝罪作法が必須である。

◆「下り坂」繁盛記|嵐山光三郎|新講社|ISBN9784860812928200909

★★

《キャッチ・コピー》

我等もともと戦後ドサクサ育ち。不景気、貧乏、お手のもの。ご意見無用!勝手に生きる。ブチキレ老人アラシヤマ平成風雲録。

memo

「人生の極意は下り坂にある。坂を下るために生きてきたようなものだ。しかし、下り坂を走るのにはそれなりの技術がいり、うっかり油断すると崖から転落する」と『よろしく』(2006)で書いていた。本書は“下り坂”実践編?

90歳以上の高齢者をどう呼んだらいいのか」と以下の提案。

7589歳は後期高齢者。

90歳以上は末期高齢者。

「いや、もうマッキです」

「あらびっくり。てっきりコーキに見えますよ。お若いですなあ」

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田崎史郎◆梶山静六 死に顔に笑みをたたえて

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「私たちの身近にはたくさんの貧しい方々、やむをえず自分の身体を売らなければならない立場に追い込まれた経済的な弱者がたくさんいたということは、皆さん方もお知りいただきたい」〔…〕

ときどき戦争体験を申し上げたりするのは、私の時代にあったことを正確に皆さん方にもお伝えすることが、私の年代に生きた者の責任だから申し上げている。〔…〕

昭和20年より前は空白ではなかったということであります

梶山の話が進むにつれ、会見場は水を打ったように静かになった。

梶山が言った通り、昭和20年(1945年)以前にも歴史があった。まぎれもなく、我々日本人が、我々の父母や祖父母がかたちづくつた歴史である。

その危険なDNAは、我々のなかに脈々と受け継がれている。それを制御する一つ方法は、歴史に学び自分を見つめることだ。

◆梶山静六 死に顔に笑みをたたえて|田崎史郎|講談社|ISBN9784062125925200412

★★★★

《キャッチ・コピー》

実力者たちの謀略と愛憎の渦の中を、自民党最後の闘将はどう生き抜いたのか。いま初めて明かされる「大乱世の男」の栄光と蹉跌。

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佐藤優◆インテリジェンス人生相談-社会編-

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完全に孤立して、一人で生きていくことができる人間はいない。だから、人間が抱える問題は、必ず社会性をもつ。

しかし、新自由主義的傾向が強まった、現在の日本社会では、一人一人が原子(アトム)のように分断されてしまい、社会的連帯のイメージが湧かなくなってしまっている。

もっと簡易な表現をすると、ほんとうに腹を割って話をすることができる友だちを作りにくくなっている。〔…〕

新自由主義政策がもたらした貧困問題について多くの頁を割いた。日本社会を覆っている貧困は、本人が怠けているから生じたものではない。

社会構造から生まれているものだ。〔…〕

 

資本主義の矛盾を解決するための処方箋は恐らく2つしかない。一つは、新自由主義的競争で勝利した者が、自らの富の一部を自発的に社会的弱者に提供する「贈与」だ。もう一つは、知人間、友人間の「相互扶助」だ。

◆インテリジェンス人生相談-社会編-|佐藤優|扶桑社|ISBN9784594059286200904

★★

《キャッチ・コピー》

インテリジェンスを駆使した超実践的アドバイスが満載。社会編は、社会問題を内包する相談が主となる。『週刊SPA!』連載。

佐藤優■ 野蛮人のテーブルマナー――ビジネスを勝ち抜く情報戦術

佐藤優◆「諜報的生活」の技術――野蛮人のテーブルマナー

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佐藤優◆インテリジェンス人生相談-個人編-

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個人が抱える性愛、家族、死などの問題を解決するのに、一番よい方法は何であろうか?

それはよい問題意識を持つことである。悩みにも品格がある。

その人間の思想的基礎体力によって、悩みの質が変わってくる。〔…〕

インテリジェンスとは生きていく上で必要な知識や教養を指す。この人生相談の回答にあたっては、生きていくために必要な知識を伝授することに力を入れた。

◆インテリジェンス人生相談-個人編-|佐藤優|扶桑社|ISBN9784594059279200904

★★

《キャッチ・コピー》

知性を駆使し、実践的にアドバイス。100人の悩みに答える! 個人編は、内奥にある心情を表現した相談が主となる。混乱する時代を生き抜くための知恵を伝授する。『週刊SPA!』連載。

佐藤優◆交渉術

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ノンフィクション100選★コリアン世界の旅|野村進

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韓国人とベトナム人との反目は、元を辿ればすべてベトナム戦争時の両者の不幸な出会いに根ざしている。

戦争中の住民虐殺や、混血児を置き去りにした行為の延長線上に、ベトナム人の韓国人観はある。同様に、戦場で敵として見せつけられたベトナム人の権謀術策や、戦楓に翻弄されつづけてきたベトナム庶民の生きるがための「嘘」や「ずるがしこさ」の上に、韓国人のベトナム人観は立脚している。〔…〕

韓国人は、南北統一を成し遂げたベトナム人を羨望しつつ蔑み、

ベトナム人のほうも、いまや“先進国”の仲間入りをしようかという韓国から来たリッチな韓国人たちを羨望しつつ嫌う。

こうした感情のもつれをそのままに、韓国人とベトナム人とは一気に経済のパートナーとして(おそらく今後はライバルとして)再び相まみえることになった。

★コリアン世界の旅|野村進|講談社|ISBN9784062080118199612

野村進『コリアン世界の旅』(1996)は、日本に住む韓国・朝鮮系の人びとと日本人との間の「見えない壁」をさぐり、“在日”の直面する問題を掘り下げたノンフィクションである。

 第1部で、“新しいタイプの韓国系日本人”歌手にしきのあきらの生き方、在日経営者が多い焼肉店、パチンコ店をめぐる問題など、日本の地における「コリアンとは誰か」を追う。

 第2部では、英語もナイフ、フォークも必要のないロサンゼルスのコリアンタウン、のべ31万人の韓国兵士を送り込んだベトナム戦争の地にもどってきたコリアンなど、海外の韓国人を描く。

 第3部は、大震災のあとの神戸・長田に生きる人びとなどをとりあげ、「新しい方向」を示唆する。

 

わたしは、その第3部で取り上げられている歌手・新井英一を、じつはまったく知らなかった。「清河(チョンハー)への道」は、最後まで歌うと小一時間かかり、「一曲ライブ」といって、この歌だけを歌ってステージが終わることもあるそうだ。ぜひ聴いてみたい。以下、本文より引用……。

……父の故郷の土を踏んで自由に生きる決心をした「俺」は、再び釜山港から船に乗り、家族が待っている、自分が「生まれて育てられた国」日本へと帰っていく。

旅からわが家に帰り着き迎えてくれる家族見て

みんなの笑顔が嬉しくて家族が俺の国だよと

妻と子供を抱き寄せた

そして、最終48番――。

俺のルーツは大陸で朝鮮半島と言う所

俺の親父はその昔海を渡って来たんだと

ひ孫の代まで語りたい

アリアリランスリスリラン

アラリヨアリラン峠を俺は行く

あとがきで日本のマスメディアは「通名(日本名)を名乗っていたり、日本国籍を取っていたりするがため、私たちから『見えなく』されている大多数の韓国・朝鮮系の人たちの日常の姿」がすっぽり抜け落ちていると批判している。

 著者には『海の果ての祖国――南の島に「楽園」を求めた日本人』(1987)をのち加筆し改題した『日本領サイパン島の一万日』(2005)という、日本統治領サイパンの30年を、二つの家族の歴史を通して描いた優れたノンフィクションがある。

 

 大学教師でもあり、そのせいか学生に向けて書いたような“から目線”の筆致が気になる著作もある。たとえば、若者に指南するスタンスの『アジアの歩き方』(2001)、ノンフィクションの書き方ハウツー本『調べる技術・書く技術』(2008)など。

 

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高島俊男◆お言葉ですが…(別巻 2)

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映画がはじまってまもなく、ある武士が「たにんごとではありましねえのう」と言ったのにはたまげた。

この「たにんごと」ということば、いつごろから聞き出したっけと『広辞苑』の第四版(1991)をひいてみると、まだ出ていない。第五版(1998)にいたって初めて立項してあり、「ひとごと」を見よとある。「ひとごと」を見ると「近年、俗に『他人事』の表記にひかれて『たにんごと』ともいう」とある。

そのとおりである。せいぜいここ20年、多分平成になってからの言いかたなのである。それを江戸時代の人が言うのだから、それはたまげる。

――「たそがれ清兵衛」武士のセリフ

◆お言葉ですが…(別巻 2)|高島俊男|連合出版|ISBN9784897722436200905

★★

《キャッチ・コピー》

そして台湾だけが美しい漢字が残った。整形手術なんかしないほうがふつうなのだ。日本は、へたな手術をしたために、品のない、見苦しい顔にしてしまったのである。著者がさまざまな雑誌等に発表してきた、言葉をめぐる面白エッセイを収録。

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出版社を替え、別巻と称しても、この中味では名エッセイのシリーズの名が泣きます。

高島俊男◆お言葉ですが…(別巻 1

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ノンフィクション100選★アフリカにょろり旅|青山潤

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2007

私たちの心は、この時すでに擦り切れ始めていたのかもしれない。

日本を出る時には、ラビアータを見たいという思いと、困難に立ち向かう機会を得た喜びに満ちあふれていた。

冒険への、非日常への好奇心ではち切れんばかりの心には、道行く人々の衣装の色や、どこまでも続く茶色の大地、風に向かって立つ象の姿や水面を滑るユーモラスなカバの動き、目にするすべてが生き生きと感動的に映った。

しかし、二カ月近くアフリカを放浪した今、それらはすでに当たり前の風景となっていた。残念ながら、私たちは「日常となった非日常」に、いちいち感動できる感性を持ち合わせていなかった。〔…〕

「ウナギを捕ること」に対するモチベーションを失った私たちが、ここで粘っていたのは、ある種の惰性であったかもしれない。

★アフリカにょろり旅|青山潤|講談社|ISBN9784062138680 20072

「エンタメ・ノンフ」という造語があるらしい。エンターテインメント的なノンフィクションを“オンリーワンの辺境冒険作家”を自称する高野秀行が命名したもので、宮田珠己などと「エンタメノンフ文芸部」を結成したという。その面々がたぶんマッサオになり、たぶんひれ伏すのが青山潤『アフリカにょろり旅』(2007)である。

著者の青山潤は、東京大学海洋研究所でウナギの研究に携わる研究者である。ウナギは、海で産卵・孵化を行い、淡水にさかのぼってくるのだが、その生態は意外と知られていない。ニホンウナギの産卵場所がグアム島近くのマリアナ海嶺のスルガ海山付近であることが突きとめられたのは、わずか前2006年のことである。その発見が著者の所属する研究所行動生態研究室・塚本勝巳教授の「ウナギグループ」なのである。

ある日、塚本教授から著者に、こんな話を持ちかけられる。

「青ちゃん、ウナギは、世界に、何種類いると思う? 18種類だよ。意外と、少ないと思わないか。僕はね、全種類のウナギを机の上に並べてみたいんだよ。すべてのウナギの遺伝子を調べたら、まだ解明できないこともわかるしね」

後輩の渡辺俊研究員と組み、50カ国以上の国で、17種類のウナギを集める。残すはアフリカに生息する「アンギラ・ラビアータ」という熱帯ウナギだけ。宿や食事、移動費用を切り詰めた貧乏調査旅行である。マラウイ共和国、モザンビーク、ジンバブエ。地雷が埋まっているモザンビークは気温52度。毛穴から入り込んで肝臓や脳を冒す「住血吸虫」が潜んでいる湖。ホテルのベッドには小さな赤いアリがウジャウジャ。大きなマンゴを120個という食事。身も心も蝕まれるウナギを探す苛酷な旅。読者にとっては爆笑の「エンタメ・ノンフ」ですね。

 ウナギといえば、中国産や台湾産を四万十や一色産と偽装する事件が多発した。以前読んだ深田祐介『新・新東洋事情』(1990)によれば、当時、中国で養殖したウナギを裂く技術が中国にはなく、いったん香港に送り、そこでベテランの韓国人女性たちが猛スピードで裂いてゆき、香港の工場で蒲焼にして、真空パックに詰めて、日本に輸出していたという。

吾妻博勝『新宿歌舞伎町 新・マフィアの棲む街』(2006)にも、ウナギの話が出てくる。

稚魚のシラスウナギは数センチ前後で無色透明。南の深海から海流に乗って日本沿岸にたどり着く。それが河川、湖沼で水棲昆虫や雑魚を餌に成魚になる。

しかし、これから河川を遡上しょうとするときに、全国各所で網が待ち構えている。この「生きた海の宝」のシラスウナギを手に入れようとタモ網を持って港の岸壁や河口岸に駆けつける人たち。それをヤクザが買い集めに回る。

シラスがなぜ、ヤクザの資金源になるのか。シラスはあくまでも自然の恵みであり、養殖稚魚のように安定供給ができない生き物だからである。シラスの1キロは数千匹。養鰻業者の仕入れ価格は年ごとに大きく変わり、豊漁であれば1キロ10万円を切り、不漁であれば100万円を突破する。

シラスウナギは成田、関西空港から香港経由で密輸される。シラスを入れた厚手のビニール袋をリュックサック、トランクなどで運ぶ。「シャブなら罪が重いから気軽にできないが、シラスは捕まっても知れたものだ」という。シラスは安い人件費で育てられ、それが200グラム前後の大きさになると、加工品、あるいは活ウナギで日本に逆流してくる。

 ニホンウナギは、グアム島近くで産卵し、日本へ、そして香港、中国を経て、再び日本へと、「にょろり旅」を続けるのだ。一句見つけました。

上海語で鰻を捌くをんなかな   田中英子

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田口ランディ◆パピヨン

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患者はシンボリックな言語を使って真実を語る。それに耳を傾けてほしいとロスは訴えている。日常の意識レベルから移行した患者は、シンボリックな言葉でしか自分の体験したことを伝えられないのだ。

私はなかなか父の使うシンボリックな言葉がわからなかった。どうせ父の幻覚妄想だと思い、あまり取り合おうとしなかった。

そんな私にパピヨンの意味がわかるかどうか、心配になったのだろうか。死から半年後に父は私の夢に現れたのだ。夢のなかで、父は自分の指をすべて切断して、「この指をおまえにやる」とばかりに無言で差し出し、消えた。〔…〕

父は私にこう言っていたのだ。

「俺のことを書け。すべて書け。娘に書かれるのならしかたがない」

だから、私は父の指をもらってこの本を書き終えた。

夢の力に感謝する。

◆パピヨン|田口ランディ|角川学芸出版|ISBN9784046211903200812

★★★★

《キャッチ・コピー》

『死ぬ瞬間』の精神科医エリザベス・キューブラー・ロス。ロスが残した「蝶」の謎を追い、田口はポーランドの強制収容所跡へと向かう。そして末期がんの父親のケア。

memo

『死ぬ瞬間』に記述された死の受容のプロセス。①否認=自分が死ぬということを疑う段階。②怒り=なぜ自分が死ななければならないのかという怒りの段階。③取引=何かにすがろうという取引を試みる段階。④抑うつ=なにもできなくなる段階。⑤受容=自分の死を受け入れる段階。

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ビル・エモット■ アジア三国志――中国・インド・日本の大戦略

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しかしながら、中国とインドと日本の関係は、これから10年もしくはそれ以上にわたって、いよいよ難しくなるだろう。あらゆる分野のいさかい、歴史的な恨み、地域の発火点などが、3カ国を取り囲み、押しつぶそうとする。〔…〕

この3カ国の関係を取り結ぶのが難しいのは、インドも中国も、成長し、貿易や海外投資が増えるにつれて、両国の政治と経済の利害が重なり合うようになって、おたがいの領分を侵すようになるからだ。

しかし、どちらもそこを自分の昔からの裏庭だと思っている。利害の重複は、すでに起きている。中国は資源を求めてインド洋を横断し、アフリカに手をのばしているし、インドはインドネシアとマレーシアのあいだのマラッカ海峡を通って束アジアに手をのばし、市場と通商の相手を探している。〔…〕

インド外務省のある高官は、2007年に話を聞いたときに、じつに的を射たいいまわしをした。

「あなたがたが理解しなければならない肝心な点は、われわれ〔インドと中国〕がどちらも、未来は自分のものだと考えているということです。どちらも正しいということはありえない

*

*

■ アジア三国志――中国・インド・日本の大戦略|ビル・エモット/伏見威蕃:訳|日本経済新聞出版社|ISBN9784532353131200806

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

『日はまた昇る』のビル・エモットの最新作!三つどもえの権益争いを繰り広げるアジア3大国—— 中国、インド、日本の国家戦略を現地取材から描き出し、21世紀アジアの巨大な可能性と、その裏に潜むリスクを解説。

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何清漣/中川友:訳■ 中国の嘘――恐るべきメディア・コントロールの実態

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各種の法律の規定や厳格な検閲制度があっても、中国政府が望む「完全死守」の統制目標を達成することはできない。なぜなら、社会情勢は変化に満ちていて突発事件がしょっちゅう起きるからである。

なかには中国政府が事前に設定した掲載禁止の範囲に入らない、まったく新しい事態も登場してくる。そこで、中国政府もつねに「情勢の必要性に基づいて」、随時、各種の掲載禁止の規定を公布してきた。〔…〕

90年代後期に共産党が表明した「メディアの報道原則」はだいたい次のようにまとめることができるだろう。〔…〕

⑤ 重大な突発事件を勝手に騒ぎ立ててはならない。

天災・人災の報道は、公衆の怨みを募らせないよう、厳格な監督を受けなければならない。避けられない(つまり、隠しょうもない)状況下で報道する場合は統一的な内容にする。

政府組織による救援活動やそのなかで現れた心温まる出来事に報道の重点を置く。被災状況を大げさに騒ぎ立てたり、具体的な数字を挙げてはならない。関連する数字についてはすべて宣伝部門の審査を経た後に公表する。〔…〕

――第2章 報道メディアに対する政府の統制

*

*

■ 中国の嘘――恐るべきメディア・コントロールの実態|何清漣/中川友:訳|扶桑社|ISBN9784594048761 200502

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

中国は「真実」を発表すると逮捕される国であり、政府の発表はもちろん、国内外のマスコミ報道やインターネットまでが言論統制されている!

「中国現代化の落とし穴」で発禁処分を受けた著者が放つ衝撃の書。

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 2008.08.08北京オリンピック開会。

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キネマ旬報社:編■ 市川崑

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市川――後半ね。シナリオの段階ではカットで次のシークエンスに転換するつもりだったんですけど、撮影しながら、これはフエイド・アウトにした方が説得力と、流れにリズムが出るんじゃないかと考え、編集のとき、そうしたんですがね。六遍くらい続けて。

淀川――最初、市川崑の卑怯と思ったのよ。うまいこと逃げよったな、と。けど、谷崎先生の本を1ページずつ読んでるような気になってくるのよ、あのフエイド・アウトは。

市川――淀川さん、うまいこと言うわ。そんなふうに見てくれるとうれしいなあ。〔…〕

淀川――そんなんで、フエイド・アウトもおもしろかったけど、ここで難しいのは音楽や。芦屋の匂いがしてる、当時のモダンな感じが出ている、そこへ琴では困るしね。ピアノのソロだったらいやらしいしね。えらいもんもってきたな。ラルゴのオペラ。クラシックで逃げたな。それがまた品格を出した。〔…〕

市川――僕のプランでは「細雪」は音楽の入れようがないんです。なくてもいいくらいなの。

淀川――風の音、雨の音なのよ。今日は風がきついね、みたいなことだから、音楽が邪魔になるのよ。

――市川崑・淀川長治「初めて映像化に成功した『細雪』の世界」

*

*

■ 市川崑|キネマ旬報社:編|キネマ旬報社|ISBN9784873766690 200806月|ムック

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

さまざまなジャンルの映画を手がけ、巧みな演出、光と影の映像美、シャープな編集、タイトルデザインなどで多くの映画ファンを魅了し、日本映画界に大きな足跡を残した監督。

市川監督の作家人生のすべてを振り返り、監督の残してくれた作品を再認識する。

memo

 1960年代の「おとうと」「太平洋ひとりぼっち」「東京オリンピック」……。

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朝日新聞社鹿児島総局■「冤罪」を追え――志布志事件との1000日

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「(当時の)志布志署長と警部のQというのはどういう関係ですか?」

「彼らは警察学校の同期生よ。署長は大卒、Qは高卒」〔…〕

「志布志の被告たちが受けた、自白を強要する取り調べは『叩き割り』って言う。2人は、この手法が得意で、のし上がってきた」〔…〕

「あの2人は捜査2課が手がける選挙違反、汚職捜査ではカリスマ的だった。ナンバー1、ナンバー2とみんなに思われていた。だから志布志事件も、署長とQがやることだから、と当時県警本部は全面的に信用した」〔…〕

「トップが、被疑者の事情聴取の前に情報を吟味して事件の見取り図を作る。それで1人を引っ張って自供させてしまえば、『こいつがもらっているなら、あいつも間違いない』と構図をさらに描いてバンバンやる。ブツ(物証)なんてない」〔…〕

「取調官は、署長が『クロ』と言えば、いくらシロでもクロの供述を引き出さないといけない。それ以外の結果は許されないんだ。〔…〕自供させられないと『お前は何てダメなヤツだ』と怒鳴られ飛ばされる。勤務評定に響く。これが、警察の体質、叩き割りの構造だ」

*

*

■「冤罪」を追え――志布志事件との1000日|朝日新聞社鹿児島総局|朝日新聞出版|ISBN9784022503589 200804

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

「これは、警察による『犯罪』だ!」県議選での「買収事件」。ふとした疑問から始まった、画期的調査報道。それを支えた警察内部からの告発者たち。「でっち上げ」を克明にあばいた新聞記者たちのドキュメント。

memo

当のH警部補から足首を捕まれ、警部補が書いた「(栄三)お父さんはそういう息子に育てた覚えはない」「(文雄)元警察官の娘をそういう婿にやった覚えはない」「沖縄の孫早く優しいじいちゃんになってね」と細いマジックで書かれたA4用紙3枚を踏みつけさせるなどされ、「こんワロ(このやつ)は、血も涙もないやつだ。親や孫を踏みつけるやつだ」と罵倒され自白を迫られたとされるものだった。先述した、いわゆる「踏み字事件」だ。(本文より)

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いしいしんじ他■ 本からはじまる物語

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「わしが、本を読むのが遅いのはな、べつに読むのを、楽しんでるからじゃあない。それどころか、もともとわしは、本に書いてあることなんて、どうでもいいと思っていた」

「どうでもいい?」

私は戸惑い、おうむ返しにたずねた。〔…〕

「わしが、本をていねいにめくるのは、手紙をさがす癖がついちまったからさ。

いまでも思うときがあるんだ。真夜中の古本屋で、わしはひょっとして、ページに挟まった手紙を見落としちまったんじゃなかろうかとな。

本に書かれたことなんて、1行だって大切じゃなかった。

わしにとって宝物といえば16の夏、どうしても見つけだせなかった、あの手紙なんだよ」

――いしいしんじ「サラマンダー」 

*

*

■ 本からはじまる物語|いしいしんじ他|メディアパル|ISBN9784896100907200712

《キャッチ・コピー》

18名の作家が「本」「本屋」をテーマに掌編小説で競演!

恩田陸/本多孝好/今江祥智/白二階堂黎人/本阿刀田高/いしいしんじ/柴崎友香/朱川湊人/篠田節子/山本一力/大道珠貴/市川拓司/山崎洋子/有栖川有栖/梨本香歩/石田衣良/内海隆一郎/三崎亜記

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軍司貞則■ 高校野球「裏」ビジネス

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「チームによっては、それがお金に換わったりちゅうこともあるようですな」〔…〕

野球の世界で“ボール”は、政治の世界での“絵画”と同じ性格を持っている。

“絵画”をもらった政治家は、指定された場所(たとえば画廊)へ、それを持って行き、何千万円という金額で買い取ってもらう。それによって直接の金銭のやりとりを消せる。

“ボール”もそれと同じで、1ダース単位のボールで値段がつく。10ダースあれば、それに匹敵するお金に化ける。50ダースあればその値段に化ける。

野球の世界では“ボール”は“お金”なのだ

*

*

■ 高校野球「裏」ビジネス|軍司貞則|筑摩書房|ISBN9784480064073 200803月|新書

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

西武裏金事件に端を発し、特待生制度問題にまで発展したプロアマ球界の大騒動。日本高野連をはじめ、高校野球を支えるはずの人々は、この騒動の渦中に何を考え、どのように動いたか。

有力選手獲得合戦の実情や、夢や情熱をカネに換える手口など“国民的スポーツ”の闇を暴く。

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福田陽一郎■ 渥美清の肘突き――人生ほど素敵なショーはない

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さて、劇場では隣り合わせに座る、舞台が始まる。他の誰かと観に行った時は知らないが、15分か20分経つと隣席の渥美ちゃんから無言の軽い肘突きが来る場合がある。

これが問題で、つまり「こりゃダメだから一幕で帰ろうぜ」の合図なのだ、これが「渥美ちゃんの軽い肘突き」である。〔…〕

なぜ肘突きになるか、渥美ちゃんの言葉に拠ると、「最初の15分でお客を舞台に引っ張り込めなければダメだろう? 余程のことがなけりや後はしれてるよ。うんと親しい役者がやってるなら別だけどさ」

渥美清の言う事には一理ある。〔…〕難しいと言われる芝居でも説明や解説的な事で20分も費やしていたら、いい台本とも言えないし、いい演技・演出とはとても言えない。

「肘突き」で困る事は先ずなかった。彼の直感は正しい事が多かったし、彼も観客を「威かす演出」は嫌いだったから。

*

*

■ 渥美清の肘突き――人生ほど素敵なショーはない|福田陽一郎|岩波書店|ISBN9784000220422 200805

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

昭和20年代の東京を駆け抜けた青春、テレビ草創期のエピソードと創造の舞台裏、数々のスターの素顔と交遊、そしてコメディやミュージカルへの熱い思いを軽妙な筆致で綴る自伝。

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脚本家・演出家 福田陽一郎の“回想録”であって、“渥美清“本ではない。

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長谷邦夫■ 漫画に愛を叫んだ男たち

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平成4924日、寺田ヒロオの死が報じられた。

酒を飲み続け、食事をろくに摂らぬ生活を続けた末の衰弱死だ、と赤塚は言った。〔…〕

「うちの人の生活、どうしたらやめてくれるんでしょう。赤塚さん助けてくださいって言われたんだ。でも、おれに助けろと言われても、おれ自身が依存症だものなあ……」

返す言葉がなかった。

トキワ荘時代、赤塚が自信を失って漫画家をやめようと思い詰めていたとき、大金と励ましの言葉を贈ってくれた寺田である。商業主義の漫画雑誌界に絶望して、筆を折ったと言われた、その結果が酒に溺れての衰弱死とは……。

老いることの無惨さを自分にも突きつけられるようだ。

依存症か……。ぼくも、こうやってのこのことスタジオへやって来てしまうのは〈赤塚不二夫依存症〉なのかも知れない。

赤塚が事務所の奥のキッチンに置いてある大型の製氷機を掻きまわし、ダイヤアイスをグラスに入れ、焼酎とサワーをつぐ音が聞こえてくる。まだ昼の2時だ。ぼくはいたたまれなくなってスタジオを出て、新宿へ向かった。

――終章 手塚治虫の死、そして赤塚との訣別

*

*

■ 漫画に愛を叫んだ男たち|長谷邦夫|清流出版|ISBN9784860290757200405

★★★★☆

《キャッチ・コピー》

手塚治虫、石ノ森章太郎、藤子不二雄、寺田ヒロオ……。漫画史のその名をとどろかせた「トキワ荘」アパートの住人たち。長谷邦夫と赤塚不二夫もこの中にいた。

その後、長谷は赤塚のブレーンとして、また、ある時はゴーストライターとして、陰になり、日向になり支え続けた。赤塚不二夫という天才漫画家の「光と影」を見事に描ききった秀作。

武居俊樹■ 赤塚不二夫のことを書いたのだ!!

うしおそうじ■ 手塚治虫とボク

中野晴行■ 謎のマンガ家・酒井七馬伝――「新宝島」伝説の光と影

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新藤兼人■ 生きているかぎり――私の履歴書

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溝口健二の演出方法は他の新興の監督とは違っていた。カメラをロングに据え、カットを細かく割らないで、たいていの場面がワンカットで終わった。

そのため、俳優には苛酷な演技が要求された。延々とテストが行われ、一日中テストばかりでカメラを回さない日もあった。〔…〕

テストの繰り返しに俳優が堪りかね、

「先生、実際どうやったらいいか教えてください」

と反発した。溝口健二の演出は具体的な動きを示さず「反射してください」の一点張りだった。

俳優の反発を聞いた溝口は、顔を紅潮させて眼鏡を光らせ、

「ぼくは役者ではないから、演技をやってみせることはできません。あなたは俳優としてカネをもらっているのだから、やるべき仕事をやって私にこたえなさい」

たたきつけるような鋭い言葉でやり返すのだった。〔…〕

「反射してください」とは、溝口独特の表現である。相手の気持ちをしっかりと捉え、捉えた心を相手に返してください、ということである。

*

*

■ 生きているかぎり――私の履歴書|新藤兼人|日本経済新聞出版社|ISBN9784532166618 200805

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

故郷・広島、バラバラになった「家」、京都太秦、溝口健二、海軍二等水兵、松竹大船、独立プロ、乙羽信子との出会い、仕事師たち…。

新藤兼人■ ひとり歩きの朝

新藤兼人■愛妻記

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堀内誠一■ 父の時代・私の時代――わがエディトリアル・デザイン史

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でもね、絵本のない国というのはたくさんあるわけでね。本がないわけじゃないけれど、こんなにやたらにはね。そういう国を実際歩いてみて、

その国の子どもたちが、だから不幸だとはちっとも思えませんね。

必要だってのは、ほかの何かが逆に欠けてるからだって気がするんです。絵本に限らず。情報産業や商品にしたって。僕らのやってることって、そんなにたいそうなもんじゃないんですね。

外国から帰って二、三日テレビ見たり、国電に乗って中吊りポスター見たりして、なんとなくすべてわかったようになったときのあの気分……。飛躍するけど、僕達はいわれもない罪でこんな文明国に生まれちゃったという気分になりますね。

原始人とまではいわないけれど、木をくりぬいた太鼓に色塗って、それを叩いて、歌ったり踊ったりしてね。村じゅうでいちばん踊りがうまいから、いちばんきれいな娘さんをもらう……なんていうのがね、本当はいちばん良かったと思うんだよね――。

――エディトリアル・デザインは編集の領域に首をつっこんじゃう

*

*

■ 父の時代・私の時代――わがエディトリアル・デザイン史|堀内誠一 |マガジンハウス |ISBN9784838717842 200704

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

エディトリアル・デザインの仕事は、技巧の前に「表現しようとする人たちの心からの友人」であることが必要だ。戦前から1970年代まで、雑誌から絵本までを生き生きと語る圧倒的名著! 唯一の自伝。

memo

197911月に日本エディタースクール出版部から刊行の『父の時代・私の時代』の増補改訂版。

木滑良久■ 雑誌づくりの決定的瞬間 堀内誠一の仕事

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池内紀■ 出ふるさと記

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人はいくつ、ふるさとを必要とするのだろう? たぶん持つことが少ないほど、より多くのふるさとを必要とする。というのは持ちはこびのできるふるさと、ふるさとの「代用品」があるからだ。

非常に多くの場合、金銭がふるさとの代用をする。〔…〕

学歴も差、ふるさとの代用品である。〔…〕

名声もまた、ふるさとの代わりをする。

宗教もまた、ふるさとを代理する。〔…〕

ひそかに、ふるさとを持つことへの願望にあえいでいた。携帯のきくふるさと、ふるさとの代用品を持たないからこそ、より切実にふるさとを求めている。人間はなんとしても、ふるさとを必要とする生き物であるからだ――たとえ、たえず振り捨てるためだとしても。

それは思考にとっての論理と似ている。考えるためには形式上であれ論理がなくてはならない。論理のない思考は単に無意味なだけである。そして思考が論理を超えていくものであるように、何よりも超えるために、そこから出ていくために人はふるさとを持たなくてはならない。

ふるさとを持たないで老いるのは酷いことだ。

*

*

■ 出ふるさと記|池内紀|新潮社|ISBN9784103755050 200804

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

漂流、世捨て、雲隠れ。破天荒な人生を歩んだ12人の作家たち。人間存在への愛情と理解に貫かれた列伝紀行。

高見順/金子光晴/安部公房/永井荷風/牧野信一/坂口安吾/尾崎翠/中島敦/寺山修司/―尾崎放哉/田中小実昌/深沢七郎

池内紀■ あだ名の人生

池内紀■ 二列目の人生 隠れた異才たち

池内紀■なぜかいい町一泊旅行

池内紀■町角ものがたり

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小川洋子■ 科学の扉をノックする

20080729ogawakagaku

「サイエンスは理詰めの世界です。客観的、論理的です。それを私たちは昼の科学と呼んでいます。科学者が講義をしたり、学会などで発表するのは昼の科学、デイ・サイエンスについてです。

ところがサイエンスにはもう一つ裏街道があるんです。主観的で想像性豊かな感性の世界、ナイト・サイエンスです。〔…〕

もっとすごいのはミッドナイト・サイエンスです。電気を消して、お酒を飲んで、理性を半分くらい麻痔させた時に科学者の直感、霊感が発揮されることもあります」〔…〕

「要するに大きな仕事は、あるところから常識を超えないと駄目なんです。理性だけではないんです。ジャンプするのです。証拠はあるの? と言われたら証拠はない。

しかし必ずこうなるはずだ、あるいはならせてみせます、という研究者の直感や心意気が大切になってくる。極端な場合、間違いから始まったりもします」〔…〕

――3章 命の源“サムシング・グレート”村上和雄と山の上のホテルにて

*

*

■ 科学の扉をノックする|小川洋子|集英社|ISBN9784087813395200804

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

酒蔵に音楽を流すと酵母が活発化し、うまい酒ができるのは、微生物にも音を感受する“心”があるからか。

大地震の前兆として、大気の様子や動物の行動に異常が起こる。

これらは疑う余地のない厳然とした事実なのだが、いまの科学の枠組みでは捉えることができない…。そんな驚くべき現象とこれを追究する人々をリポートし、21世紀の「英知」のさまざまな胎動を探る。

小川洋子■ 博士の本棚

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伊井春樹・編■ 一千年目の源氏物語

20080728issennen

『源氏物語』は、国文学者の間では圧倒的に位置が高かったけれども、それ以外ではほとんど知られていなかった、軽んじられていました。

しかも、その軽んじる理由が、はなはだ非文学的なものだった。皇子が天子の后と恋仲になり、子が生れます。その子が帝になるという筋ですから、倫理上おもしろくない、けしからぬという儒者たちの言い分が通って、それで源氏は貶められていたのであります。〔…〕

そういう儒教的な『源氏物語』についての考えかた、これは明治になっても盛んでありまして、例えば、森鴎外、夏目漱石、この二人はどちらも明治時代最高の文学の目利きなんでありますが、両人とも源氏に対して冷淡であります。〔…〕

その衝撃の結果の最大のものは中央公論社の社長嶋中雄作が谷崎潤一郎に『源氏物語』の現代語訳を作らせたことであります。

これは最初の版では、例の皇統の乱れのことをぼやかすとか、いろいろ問題があったんでありますが、なにしろ谷崎の訳が中央公論社から出るというので、世間は大変な興奮ぶりを示し、たちまちにして『源氏物語』は現代日本文学の地続きの古典という、そういう格の高いものになった。親しみの深いものになった。

そして敗戦とともに、軍人が威張ることができなくなり、皇室関係のタブーがとけたときに、源氏は日本文学最大の長編小説ということに、天下晴れてなりました。

――昭和が発見したもの・丸谷才一

*

*

■ 一千年目の源氏物語|伊井春樹・編|思文閣出版|ISBN9784784214082 200806

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

シンポジウム「一千年目の源氏物語」(大岡信・岡野弘彦・丸谷才一・加賀美幸子)、シンポジウム「私の源氏物語」(山折哲雄・中井和子・川本重雄・伊井春樹)をもとにし、斯界の識者による「源氏物語論」を集約。

山本淳子■ 源氏物語の時代―― 一条天皇と后たちのものがたり

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嵐山光三郎■ 妻との修復

20080727arashiyamatuma

職場と家庭は、相反する価値観の世界で、男は毎日、そこを行ったりきたりする。

困ったことに、妻は人事異動ができない。そのため一度こじれると、その修復は困難をきわめる。妻には「会社の論理」は通用せず、会社人間ほど妻に手をやくことになる。

修復しょうと気がついても手おくれになり、そういった男たちはグレる。男の企画力のかずかずは、欲望の見本市であって、自在なる衝動に身をまかす。となると犯罪者になる危険があるから、ぎりぎりの境いめでブレーキをかける。そこには妻というブレーキが不可欠になる。

しかしブレーキばかりかけていると、世間的常識に輪をかけた中古品の粗大ゴミになってしまう。

私のなかでうごめく漠然とした道楽人生は、義理人情と清貧と無駄遣いと旅と温泉、あとは風雅なる酒宴と海釣りと、古本と松尾芭蕉と下駄ばきの神楽坂暮らしであって、家庭の圏外にある。

ケータイ電話の圏外と同様、「通じない地域にいる」のである。

*

*

■ 妻との修復|嵐山光三郎 |講談社|ISBN9784062879347 200803月発売|新書

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

できる男ほど妻とアブない。しょせん夫婦は薄皮一枚。達人、先人の修羅場に学ぶ。

嵐山光三郎■ 昭和出版残侠伝

嵐山光三郎■ よろしく

嵐山光三郎■ 悪党芭蕉

嵐山光三郎■ 人妻魂

嵐山光三郎■おとこくらべ

嵐山光三郎■日本百名町

嵐山光三郎■文人暴食

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山本淳子■ 源氏物語の時代―― 一条天皇と后たちのものがたり

20080726yamamotogennji

敦成誕生五十日の祝いが催され、公卿ら歴々の出席のもと大いに賑わった。宴が進み、彰子の御簾のもと女房たちが二列三列に居並ぶ場に座が移される頃になると、人々は酔い乱れてそれぞれの本性を現した。〔…〕

「失礼。このあたりに『若紫』さんはお控えかな」。

女房の集団をうかがい『源氏物語』女主人公の名で紫式部に呼びかけるのは、文化の世界の重鎮、藤原公任。

大切な女主人公を酒の肴に使われて、式部には心外だったようだ。光源氏に似た殿方も目に付かないのに若紫がいるもんですか、と無視する。

しかしこの一言は『源氏物語』研究史の上では重要だ。これによって、寛弘51008)年に「若紫」の巻があったことが確かに知られるからだ。

――第7章 源氏物語

*

*

■ 源氏物語の時代――一条天皇と后たちのものがたり|山本淳子|朝日新聞出版|ISBN9784022599209 200704

★★★★☆

《キャッチ・コピー》

『源氏物語』を生んだ一条朝は、紫式部、清少納言、安倍晴明など、おなじみのスターが活躍した時代。

藤原道長が権勢をふるった時代とも記憶されているが、皇位継承をめぐる政界の権謀術数やクーデター未遂事件、当時としてはめずらしい「純愛」ともいうべき愛情関係。

ドラマチックな一条天皇の時代を、現存する歴史資料と文学作品、最新の研究成果にもとづいて、実証的かつ立体的な「ものがたり」に紡ぎあげる。

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丸谷才一■ 蝶々は誰からの手紙

20080725maruyatyotyo

しかし言語には伝達の道具といふ局面のはかに、思考の道具といふ性格がある。

人間は言葉を使ふことができるから、ものが考へられる。言葉が寄り添はなければ、思考は単純になったり、しどけなくなつたりする。

その思考の道具としての日本語についてはちっとも配慮しないのが近代日本の言語政策であったし、言語観であった。

明治日本は、民衆がものを考へないでゐてもらひたいと望んだ。〔…〕

いま日本経済はあやふく、政治はひどいことになってゐる。一方、日本語に対する関心がすこぶる高い。この二つの現象は別々のことのやうに受取られてゐるけれど、実は意外に密接な関連があるはずだ。

といふのは、誰も彼もが国を憂へてゐるが、しかし何をどう考へたらいいか、わからない。何も頭に浮はない。

そこで、これは考へるための道具である日本語の性能が低いのではないかといふ不安が生じたのだ。みんなの心の底で、漠然と。

――「考へるための道具としての日本語」

*

*

■ 蝶々は誰からの手紙|丸谷才一|マガジンハウス|ISBN9784838717682 200803月発売

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

読書という快楽へと誘う「本好き」からの手紙が届く。

書評のある人生/書評78/推薦文そして後始末/カリブ海からカール・マルクスまで

丸谷才一/三浦雅士/鹿島茂 ■ 千年紀のベスト100作品を選ぶ

丸谷才一/三浦雅士/鹿島茂■ 文学全集を立ちあげる

丸谷才一■ 双六で東海道

丸谷才一■ 袖のボタン

丸谷才一■いろんな色のインクで

丸谷才一■ゴシップ的日本語論

丸谷才一■書きたい、書けない、「書く」の壁

丸谷才一■猫のつもりが虎

丸谷才一■綾とりで天の川

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佐藤優■ 野蛮人のテーブルマナー――ビジネスを勝ち抜く情報戦術

20080724sathoyaban

インテリジェンス業界の王道はなんと言ってもヒユミントである。ヒユミントとはヒューマン・インテリジェンスの略で、人間を通じて取る(盗る)情報であるが、スパイ活動よりは広い概念だ。〔…〕

この業界では、「人柄を知るのに茶なら1年、酒なら1カ月、賭博とセックスならば1時間」といわれるが、これは筆者の経験則とも合致している。

茶というのは、少し拡大解釈して、アルコールを伴わないランチも含まれる。インテリジェンスの世界では、動物行動学(エソロジー)の知識も重要だ。

動物は警戒している動物と同じ餌箱からエサを食べることを嫌がる。人間も嫌いな人とは一緒に食事をしたくないという心理がある。

それを適用して、一緒に食事をすることで、「あなたにとって私は危険な人物ではない」ということを深層心理に徐々に刷り込んでいくのが食事工作の基本だ。

筆者の過去の経験則からすると、同一人物と3カ月以内に3回以上、食事をすると、アルコールを伴わなくても、一応の信頼関係はできる。

      

――第3回 酒、賭博、セックスの使い方

*

*

■ 野蛮人のテーブルマナー――ビジネスを勝ち抜く情報戦術|佐藤優|講談社|2007 12月|ISBN9784062143660

★★☆☆☆

《キャッチ・コピー》

ビジネスマンに送るインテリジェンスの叡智——佐藤優氏が若手ジビネスマンに贈る異色のビジネス書。究極のビジネスともいえる外交の世界で、佐藤氏が培った国家機密級のノウハウを惜しげもなく披露します。

佐藤優/手嶋龍一■ インテリジェンス 武器なき戦争

佐藤優■ インテリジェンス人間論

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荒井千暁■ 職場はなぜ壊れるのか――産業医が見た人間関係の病理

20080723araisyokuba

「医はアートなり」といったのは、紀元前460年にエーゲ海のコス島で生まれた医聖ヒポクラテスでした。〔…〕

臨床医学の教官は「診断から治療に及ぶ行為の多くはサイエンスかもしれない。しかし病名告知を含めた個別対応のほとんどは、教養や感性に支えられた経験に基づくアートである。アートとは容易に到達できる域ではなく、もっと深遠なるもの」と説きました。

医業であってもそうでなくても、あらゆる仕事はスキルではなくアートだとわたしは思っています。辞書によれば芸術以外のアートとは、技術、技芸、技巧、熟練を示す用語であり、あることを成し遂げる技術と説明されています。

しかしそれさえも狭義の意味であって、本来は諸学や経験から生まれる人間の行動すべてを包括する概念なのでしょう。そこには熟成の知からなる無形文化財のようなものがあり、噴出する「知のマグマ」のような壮大なものまで含まれているように思えるのです。

*

*

■ 職場はなぜ壊れるのか――産業医が見た人間関係の病理|荒井千暁|筑摩書房|2007 02月|新書|ISBN9784480063465

★★☆☆☆

《キャッチ・コピー》

いま職場では、働きながら心の病を発症する人が増えている。かれらは日常生活に支障が出るほど、心に深い傷を負っている。

睡眠障害を生じ、自律神経系が乱れ、うつになり、思考が混乱し集中できない。重いノルマ、評価の理不尽さ、周囲の無理解など、成果主義システムが生み出した実態を検証し、職場の人間関係に軋轢をもたらす原因を探る。

内田樹■ 下流志向――学ばない子どもたち 働かない若者たち

遙洋子■ 働く女は腕次第

横田増生■ アマゾン・ドット・コムの光と影――躍進するIT企業・階層化する労働現場

梅田望夫■ ウェブ時代をゆく――いかに働き、いかに学ぶか

雨宮処凛■ 生きさせろ!――難民化する若者たち

渋井哲也/三浦宏文■ 絶対弱者――孤立する若者たち

下川裕治■ 日本を降りる若者たち

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養老孟司/池田清彦/吉岡忍■ バカにならない読書術

20080721yorobakanina

じゃあ、どうすれば脳が発達するか。

残念なことに、それは、具体的にはあまりよくわかっていません。人間の成長というのは、非常に長いスパンで観察しなければわからないからです。

ただし、「識字率」については、わかっていることがあります。

子どもが文字をどれくらい早く覚えるか、ということと一番関係が深い生活習慣は何か。

それは外遊び時間です。外で遊んでいる時間が長い子ほど、文字をよく知っている。これは様々な調査があって、いまはもう常識になっています。

つまり、子どもは、本を読むから、読み聞かせをするから、字を覚えるのではない。活動性の高い子どもが字を早く覚えていく、読んだ本の理解にもすぐれている、ということです。

なぜでしょうか。

――第1章 「読み聞かせ」と子どもの脳・養老孟司

*

*

■ バカにならない読書術|養老孟司/池田清彦/吉岡忍|朝日新聞出版|ISBN9784022731722 200710月|新書

★★☆☆☆

《キャッチ・コピー》

読書とは、脳を使った、運動だ!バカにならないためには、読書で、脳を揺さぶれ!養老読書術の神髄がここに登場。後半は、博覧強記の三粋人が、初めて、自らの愛読書と書の接し方を、明かした。この本で、あなたの読書術が、ひっくり返る。

養老孟司/内田樹■ 逆立ち日本論

養老孟司■ 小説を読みながら考えた

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小林信彦■ 定年なし、打つ手なし

20080721kobayashiteinen

たしかに、目先のピンチに対して、小説や思想書は何の力も持っていないように見えます。

少くとも、ハウトゥものとしての役には立たないでしょう。

しかし、読み方しだいでは、それらはあなたの内的な力、武装になるかも知れません。おそらくなるでしょう。

ここで、たとえばドストエフスキイの名前を出したりすると、その〈古さ〉を笑われるでしょぅ。しかし、ピンチにある人を勇気づけるのは、そうした読書なのです。〔…〕

また、〈古典〉については何か大きな誤解があるようです。

たとえば、ドストエフスキイはバクチ好きで少女に手を出したらしいアブナイ人物です。

バルザックは女と金のために、コーヒーをがぶ飲みして小説を書きとばした男です。

ぼくが尊敬する谷崎潤一郎は女性の足のフェティシストでマゾヒストです。川端康成だって近年のフーゾク〈イメクラ〉の原型になった『眠れる美女』を書いた、とんでもない人です。

そういうアブナイ人たちが苦心して書いた作品だから面白いのです〈古典〉などと思わずに、〈危険なエンタテインメント〉として、ぜひ読んでみてください。

――〈危険な本〉のすすめ(『新潮文庫の百冊』)

*

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■ 定年なし、打つ手なし|小林信彦|朝日新聞出版|2004 04月|ISBN9784022579102

★★☆☆☆

《キャッチ・コピー》

老年問題の“傾向と対策”。さて、どうしたものか?中年の不安、老年のとまどい。“不自由な自営業者”たる作家が、迷える日本人たちに贈る、趣味や思い出の語りもたっぷりのコバヤシ式“総合学習”テキスト・エッセイの決定版。

小林信彦■ 昭和が遠くなって-本音を申せば

小林信彦■ 日本橋バビロン

小林信彦■昭和の東京、平成の東京

小林信彦■東京少年

小林信彦■うらなり

小林信彦■昭和のまぼろし――本音を申せば

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望月飛鳥■ 回転する熱帯

20080720motidukikaiten

道で故障したバイクを運ぶシクロ。事故に遭い、腕から血を流している男性。バイク同士でぶつかって喧嘩している中年女性と青年。バイクに乗りながらネックレスをひったくられ、今にも泣きそうな女の子。覚醒剤でぶっ飛びながらバイクを運転している若者。よく停電して真っ暗になる市内。いつも逆走をした一方通行の道。突然サイドミラー装備が義務付けられ、皆慌てて買いに走ったけど、そのサイドミラーのからまりが原因の事故が多発し、あっけなく撤廃された交通法。よく変わる交通法。だからよくわからない交通法。バイクの排気ガス。埃っぽい道。暑さでゆらゆらとゆらめく道。

旋回する風。回転する街。〔…〕私はいつまでも街中を走った。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。

*

*

■ 回転する熱帯|望月飛鳥|ランダムハウス講談社|ISBN9784270002780200711

★★☆☆☆

《キャッチ・コピー》

日本人・ヒロとベトナム人・ユンが結ばれたのはベトナムの熱い空気のせいだった―。みずみずしく、やわらかな文体で語られる、ふたりの女性の魂と肉体の物語。ランダムハウス講談社第1回新人賞受賞作。

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佐藤友哉■ 1000の小説とバックベアード

20080719sathosenn

登場人物がいなくても、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。記号表記だけで書かれていても、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。評論形式で書かれていても、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。愚痴しか書かれていなくても、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。文法がめちゃくちゃでも、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。テレビ画面に文字を表示させても、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。誰かの文章の模写でも、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。写真が貼られていても、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。映像でも、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。漫画でも、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。文字が書かれていなくても、小説ですと作者が云えばそれは小説になる。〔…〕

つまり、

小説を書くような心で書けば、それは小説なのでは?

*

*

■ 1000の小説とバックベアード|佐藤友哉|新潮社|ISBN9784104525027200703

★★☆☆☆

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僕は「片説家」。「小説家」と違って、純粋に「特定の個人に向けて物語を書く」仕事だ。そこにあるのは、創作とはいえないリクエストとマーケティングだけ。第20回三島由紀夫賞を受賞

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葉室麟■ 銀漢の賦

20080718hamuroginkan

千鶴が思い切りよく葉に鋏を入れるのを見て源五は思わず、

「花というものは自然に咲いておってきれいなものだと思いますが、やはり葉は切らねばならぬ

ものですか」

と聞いた。千鶴はにこりと笑って、

「源五殿は、人は皆、生まれたままで美しい心を持っているとお思いですか」

「いや、それは――」

源五が頭をかくと、

「人も花も同じです。生まれ持ったものは尊いでしょうが、それを美しくするためにはおのずと切らなければならないものがあります。花は鋏を入れますが、人は勉学や武術で鍛錬して自分の心を美しくするのです」

千鶴は静かに石蕗に鋏を入れながら、

「花の美しさは形にありますが、人の美しさは覚悟と心映えではないでしょうか」

と言うのだった。

*

*

■ 銀漢の賦|葉室麟|文藝春秋|ISBN9784163262000200707

★★★☆☆

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少年の日を共に同じ道場ですごした家老と郡方役。地方の小藩の政争を背景に、老境をむかえた二人の武士の運命がふたたび絡みはじめた―。第14回松本清張賞受賞作。

memo

 こういうフレーズもある。

源五は白く輝く天の川を眺めながら、

(銀漢とは天の川のことなのだろうが、頭に霜を置き、年齢を重ねた漢も銀漢かもしれんな)

と思っていた。

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大森望/豊崎由美■ 文学賞メッタ斬り! 2008年版 たいへんよくできました編

20080717omoritotosakibunn

長嶋 受賞の記者会見も村上さんがやってくださったんです。芥川賞の授賞式のあいさつまで引き受けてくださった。

それで、《文学界》の担当が、「長嶋さん、村上龍さんの小説では何が好きですか」と聞いてきたから「読んだことないんですよー」と言ったら、見る見る顔が青ざめていって(場内爆笑)。

「今から買ってあげますから!」と、こう耳を引っ張られるように(笑)書店にその場で連れて行かれて、デビュー作と最新作をどさどさっと手に渡されて。〔…〕

長嶋 大江健三郎賞のときもそうですね。僕はちゃんと言ったんですよ。《群像》の編集者がやってきて、受賞を受諾しますかって、やっぱり事前に聞かれたんだけど、そのとき「大江作品を読んでないけど、そんな人でもいいんですか」って逆に聞いた。

でも、授賞式で公開対談するとなって、やっぱり「読んどけ」と(笑)、村上さんのときの比でない量の本がどさどさどさっと。〔…〕

長嶋 両手で抱えてあごで押さえなきゃ落ちちゃうくらいの量が。それを読むだけで3キロ痩せましたね。お薦めですよ、大江ダイエット。

――メッタ斬り!トークショー- 長嶋有×大森望×豊崎由美

*

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■ 文学賞メッタ斬り! 2008年版 たいへんよくできました編|大森望/豊崎由美|パルコ出版 |ISBN9784891947743200805

★★★☆☆

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まさかのメッタ褒め?やっと的中した受賞予想、芥川賞・直木賞授賞式レポート、新たに誕生「メッタ斬り!」新人賞などなど今回も斬り込みます。

memo》直木賞、崩壊の予感

2008上……伊坂幸太郎、候補5回。山本賞と本屋大賞を受賞の『ゴールデンスランバー』、候補辞退。

2007下……佐々木譲『警官の血』で19年ぶりに候補、落選。

2007上……北村薫、山本賞選考委員にして候補5回目の『玻璃の天』、落選。

大森望/豊崎由美■文学賞メッタ斬り!

大森望/豊崎由美■ 文学賞メッタ斬り!リターンズ

大森望/豊崎由美■ 文学賞メッタ斬り!(2007年版―受賞作はありません編)

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酒井啓子■ イラクは食べる――革命と日常の風景

20080716sakaiiraku

マクルーバという料理が、ある。〔…〕

鍋底に羊肉、野菜を敷いて、米を乗せて、炊く。できあがったら、上手に大皿の上にひっくり返し、まるでケーキのように肉、野菜、米がきれいに層を成していれば、成功だ。〔…〕

マクルーバというこの料理は、名前自体がカラバ、つまり「ひっくり返す」という動詞の受動態から来ていて、直訳すれば「ひっくり返されたもの」という意味だ。

イラクで2003年以降に起こったことは、いろいろな意味でさまざまなことが「ひっくり返った」事件だった。

米英や、それに追随した有志連合軍がフセイン政権をひっくり返し、その英米が期待したリベラル親米政権の樹立という将来像をひっくり返して、イスラーム政権が成立した。〔…〕

他国への軍事介入は主権侵害、とする従来の国際政治の「常識」が米軍の攻撃でひっくり返されかつて植民地支配だと糾弾された外国の支配が、「復興」とか「人道支援」といった美名へと価値転換される。

このひっくり返った現状は、9.11という衝撃が生んだ、一時的なものなのだろうか。

*

*

■ イラクは食べる――革命と日常の風景|酒井啓子|岩波書店|ISBN9784004311256 200804月|新書

★★★☆☆

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米英軍によって「解放」されたイラクでは、イスラーム勢力が力を伸ばし、政治権力を握る一方で、イラク人どうしが暴力で対立する状況が生まれた。

だが、どんなに苛酷な環境にあっても、人びとは食べ続ける。アラブのシーア派やスンナ派社会、クルド民族、そして駐留外国軍の現在を、祖国の記憶と結びついた料理や食卓の風景とともに描く。

宮嶋茂樹■ サマワのいちばん暑い日――イラクのど田舎でアホ!と叫ぶ

宮嶋茂樹■ 不肖・宮嶋inイラク――死んでもないのに、カメラを離してしまいました。

宮嶋茂樹■ 不肖・宮嶋のビビリアン・ナイト(上)爆弾ボコボコの巻

宮嶋茂樹■ 不肖・宮嶋のビビリアン・ナイト(下)砲弾ドカドカの巻

池澤夏樹/本橋成一■ イラクの小さな橋を渡って

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趙甲済/李英■ 李明博革命――保守主義が韓国を救う

20080715tyoi

2004年頃、清渓川の復元工事が進められていた当時のことであった。ソウル市長の李明博は「なぜ朴正殿大統領が高く評価されるのか」と自問して自らこんな答えを出した。

「朴大統領は高速道路建設、セマウル運動、重化学工業建設など、目に見えることをやり遂げました。したがって説明が必要ないのです。見ればわかりますから」

李明博は清渓川の復元工事でも、このような効果を期待していたのだろう。実際に200510月に清渓川が復元されて以降、ここを訪れた多くの人びとが李明博を高く評価するようになった。〔…〕

「清渓川復元工事の可否を決定する閣僚会議が開かれました。ある長官(閣僚)がこう言いました。

『私はタクシーによく乗るが、運転手たちによれば、清渓川の高架道路を取り壊す工事を始めたら、交通渋滞が深刻になって市民の反発が大きいという話だったよ』

すると、私は真顔で、その長官ではなく慮武鉉大統領の目を見つめながら話しました。

『私はもっとひどい話を聞いている。しかし、国の政策がタクシー運転手の噂によって決められねばならないのでしょうか』 そのとき、慮大統領が私の意見に味方してくれました」

――第5章 李明博は仕事の優先順位を知っている

*

*

■ 李明博革命――保守主義が韓国を救う|趙甲済:著/李英:訳|作品社|2008 03月|ISBN9784861821868

★★☆☆☆

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対北朝鮮「太陽政策」は継続されるか。対日政策はどのように変わるのか。金大中・盧武鉉と十年続いた親北朝鮮、民族主義偏重政策の転換を大胆に提議する韓国第一級のジャーナリストによる分析と展望。

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田月仙■ 禁じられた歌――朝鮮半島音楽百年史

20080714denkinnji

朝鮮半島のみならず、世界各地に存在し、その土地や歌い手によって歌詞もメロディも異なり、その数は数百種類にのぼるといわれている「アリラン」。

それは、故郷を追われ、峠を越えていく時のさすらいの歌であり、川を渡る舟歌であり、農村では労働の歌となり、さらには人々を見送る離別の歌、あるいは待ち人の哀歌として、民衆に歌い継がれてきた。

多くの歌詞に共通するのは「峠(コゲ)を越えていく」というフレーズだ。同じ発音から「峠」が「苦界(コゲ)」と書かれることもある。人々は歌うことによって、さまざまな心の峠を越えようとしていたのかもしれない。

そして「アリラン」は、それぞれの地域において時代の精神を反映しながら土着性を持って変化し、抵抗の歌、離郷の歌、戦いの歌、郷愁の歌、そして喜び、希望の歌ともなって、世界に広がっていったのであろう。

――第1部「日帝時代」とその余波

*

*

■ 禁じられた歌――朝鮮半島音楽百年史|田月仙(チョン・ウォルソン) |中央公論新社| ISBN9784121502698 200802月|新書

★★★★☆

《キャッチ・コピー》

アリラン、イムジン江、椿娘…。朝鮮半島では、日本統治時代には民族意識を高揚させる歌が禁止され、戦後も日本的、親北的、退廃的などの理由で数々の歌が禁じられた。それらの歌に込められた思いと、“その後”に迫る。

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小野卓司■ 描きかえられた『鉄腕アトム』

20080713onokakikaerareta

「あんなに慣れ親しんだアトムの物語が、自分の記憶と少し違う。なぜだろう…」

光文社のカッパ・コミクス版『鉄腕アトム』を手にした時、そう感じたのがきっかけだった。〔…〕

カットされた部分が気になって仕方がない。「あんなシーンもあった、こんなコマもあったはずだ」と。

それらと再会するにはどうすればいいのか。答えはひとつ、初出掲載誌をひとつひとつあたるしかない。保管してあった掲載誌『少年』の本誌と別冊付録はわずかなものにすぎなかった。

全貌を見極めるため古書収集を始めた(しかし、それら古書価格の何と高いことか!)。……そして、久々の出会い。「おお!やっぱりあるではないか」。

そこには、忘れかけていたコマの数々が思い出と共に封印されていた。

*

*

■ 描きかえられた『鉄腕アトム』|小野卓司NTT出版 |ISBN9784757141797 200803

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

あなたが知っている『アトム』は本当の『アトム』!?単行本化に際し、何度も原稿を描きかえた手塚治虫。雑誌初出時の図版と比較し、オリジナルを網羅する。

中野晴行■ 謎のマンガ家・酒井七馬伝――「新宝島」伝説の光と影

うしおそうじ■ 手塚治虫とボク

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紺野キリフキ■ ツクツク図書館

20080712konnotukutuku

「いやあ、なんでもあなた、この図書館はつまらない本を集めてるそうじゃないですか。さっき喫茶店で聞きましてね、これは次の小説のアイデアになるかもしれないぞと霊感が降りてきまして、一つ取材してやろうと思って来た次第ですよ」

館長も作家という人種に出会ったのは初めてだったので丁重に館内を案内した。作家氏は各部屋を見るたびに「ほう」「ほほう!」とへんな声をあげた。とりわけ気に入ったのは《小説家の小説の部屋》だった。〔…〕

「ここの本はほんとうにつまらない、ということです」館長は微笑んだ。「この職について以来、たくさんの本を読んできました。ですがその中に、一冊たりとも『おもしろい!』と思ったものはありません」〔…〕

「しかし中には『これは売れはしないが、味わいがあるな』と思える本もありませんか。ひとの好みなんて千差万別でしょう」

「就任当初はそう思いました。でも、ちがうんです。うちはそんな本すらありません。全てがつまらないんです。圧倒的つまらなさです」

「なるほど」

それから作家氏は棚に手を伸ばし、一冊の本を抜き出した。

「館長さん」

「はい」

「これ、私の本です」

*

*

■ ツクツク図書館|紺野キリフキ|メディアファクトリー|ISBN9784840121507200802

★★☆☆☆

《キャッチ・コピー》

つまらない本しか置いてない、ツクツク図書館。職員も建物もへんてこぞろい。奇妙でかわいくってクセになる。キリフキワールド、いざ、開幕。

memo

ナンセンスでシュール? 単に、つまらない本。

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黒川博行■ 悪果

20080711kurokawaakka

北淀署に配属されたとき、地域課の会計担当から印鑑を2つ、自費で作るようにいわれた。

ひとつは本人が使用するためだが、あとひとつは課に預けさせられて、会計が各種の偽造文書を作る際、本人の承諾なしに印鑑を使えるようにするためだった。〔…〕

中央署では偽領収書も書かされた。カラ出張やカラ会合、実際には支払われることのない協力者謝礼や参考人の旅費・日当といった偽造文書を、会計担当の指示のままに作成した。〔…〕

堀内のノルマは月に3件、金額にしたら3万から4万円だったが、警部補は5件、警部は7件というふうに、階級によって件数も金額もあがっていた。そうして集められた裏金はどこへ行くのか――。

上納だ。刑事課長、副署長、署長など、幹部のヤミ給与と、彼らの異動の際の餞別として裏金は消えていく。

堀内がいたころの中央署の“署長経費”は月に100万と噂され、飲み代からゴルフ代、署長公舎の家具、家電製品、カーテンから味噌、醤油にいたるまで署が丸抱えしていた。

*

*

■ 悪果|黒川博行|角川書店|2007 09月|ISBN9784048737272

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

かつてなくリアルに描かれる捜査の実態と癒着、横領、隠蔽、暴力、…日本警察の真実のなかにあぶりだされる男たちの強烈な光と闇。

memo

 省略を知らないメタボの分厚さ。直木賞候補作。

黒川博行■ 蒼煌

黒川博行■ 大阪ばかぼんど――ハードボイルド作家のぐうたら日記

原田宏二■ 警察内部告発者

佐々木譲■ 笑う警官

佐々木譲■ 警察庁から来た男

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佐々木譲■ 警察庁から来た男

20080710sasakikeisatu

藤川が、無邪気に訊いた。

「退職後のことって、そんなに大事な問題なのか?」

津久井は答えなかった。答えようがない。

そんなに大事な問題なのか、と問わねばならぬことだろうか。警察官にとって、それは職業人生のなかばを過ぎたあたりから、昼も夜も頭を離れぬ大問題となる。〔…〕

大部分の警察官は、退職後は自力で再就職先を探し、現場労働者として働いて年金給付年齢がくるのを待つ。

しかし、いちばんの大口再就職先と考えられている民間警備会社だって、現場要員として年配者は敬遠する。若い自衛隊退職者を優先採用するのだ。採用されても、賃金はおそろしく低い。〔…〕

つまり大部分の退職警官は、何の専門性も生かすことのできぬ民間企業に再就職し、慣れぬ仕事で苦労して、たちまちのうちに老けてゆくのだ。天下り先に困ることのないキャリア官僚であれば、想像もつかない第二の人生かもしれないが。

*

*

■ 警察庁から来た男|佐々木譲|角川春樹事務所|2008 05月|文庫|ISBN9784758433396

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

北海道警察本部に警察庁から特別監察が入った。監察官は警察庁のキャリアである藤川警視正。『笑う警官』に続く道警シリーズ第2弾。

佐々木譲■ 制服捜査

佐々木譲■ 笑う警官

今野敏■ 隠蔽捜査

今野敏■ 果断――隠蔽捜査2

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佐々木譲■ 笑う警官

20080709sasakiutau

そもそも郡司事件に関しては、北海道警察の警察官たちの多くが、事件の処理の仕方に不審を抱いている。一番大きな疑問点は、それはほんとうに郡司警部個人の犯罪だったのか、ということだ。

事件の発覚直後、郡司の直接の上司であった幹部警察官が自殺しているという事実は、それが一個人の「暴走」として片づけられる問題ではなかったことを示唆している。

また、郡司警部が自分で覚醒剤の密売まで手を染めていた理由のひとつとして、拳銃摘発の協力者に対する謝礼経費が足りなかったのではないか、ともささやかれていた。

本来捜査員に渡るべき、あるいは経費として処理されるべき報償費や捜査費が、実際には捜査員に渡っておらず、幹部のポケットマネーになっている。それは北海道警察の誰もが知っている公然の秘密だ。

だから郡司は、協力者に支払うべき金を工面すべく、覚醒剤の売買に手を染めたのではないか、というのが、ベテラン警察官たちの想像である。

■ 笑う警官|佐々木譲|角川春樹事務所|ISBN9784758432863200705月|文庫

★★★☆☆

原田宏二■ 警察内部告発者

佐々木譲■ 制服捜査

《キャッチ・コピー》

遺体の女性は北海道警察本部生活安全部の水村朝美巡査と判明。容疑者は、同じ本部に所属する津久井巡査部長だった。やがて津久井に対する射殺命令がでてしまう。

北海道道警を舞台に描く警察小説の金字塔。

memo

ハードカバー『うたう警官』(2004)改題。

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原田宏二■ 警察内部告発者

20080708haradakeisatu

もし、「稲葉事件」がなかったら、私は裏金告発を実名で行っただろうか?〔…〕

稲葉事件とは、かつて道警本部生活安全部銃器対策課の「エース」と呼ばれた刑事・稲葉重昭警部が、突如、覚醒剤使用容疑で逮捕されたことに端を発する。

当初、道警の少壮幹部が覚醒剤を常用していた、というショッキングな面のみが強調されていたこの事件は、その後、次から次へと新たな事実が飛び出し、一刑事のスキャンダルとは、まったく別の様相を見せはじめるのだ。〔…〕

ロシアンマフィアや中国マフィアも暗躍するアウトローの世界で、違法なおとり捜査や、やらせの拳銃押収劇が繰り広げられ、その見返りとして薬物密輸が見逃され、はては、癒着の構図の中で、稲葉のように、覚醒剤の使用、密売にまで手を染める捜査員を生み出すまでになっていたというのだ。

しかし、個人から組織の問題に拡大し、ついには道警上層部の監督責任問題に発展するかに見えた、前代未聞の大スキャンダル事件は、時間を経るにしたがい、急速にスケールダウンし、そそくさと終焉を迎えることになった。

すなわち、道警は終始一貫、事件を稲葉個人の犯罪として処理し続けたのである。

*

*

■ 警察内部告発者|原田宏二|講談社|2005 03月|ISBN9784062127417

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

2003年、北海道警察で浮上した裏金疑惑は、042月、元道警本部長の著者が「実名告白」したことで急展開を見せ、警察が隠蔽するスキャンダルを暴き出した。警察庁を頂点とした組織的な「裏金づくり」の全容と、警察キャリアたちに抑圧される現場警官の苦悩の実態に迫る!

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中森貴和■ 行政不況

20080707nakamorigyosei

とくに最近10年間は、企業が激しいリストラを断行し、生き残りのための統合・合併をくり返してきた。その結果、レイオフ、貸金カットは常態化し、多くのサラリーマンは負け組へと転落し続けている。財政難から増税、社会保障負担も重くのしかかる。

大企業を中心とした景気拡大も、いびつな超低金利政策、円安、外需頼みによるものでしかない。残念ながら、自律的な要素は何も見当たらず、産業・金融再生の明確なグランドデザインを描くこと自体が困難になっているところに、日本経済の本質的な恐ろしさがある。〔…〕

すべてが後ろ向きの対処療法に終始し、抜本策を欠いた現在の無意味な消耗戦は、「安定恐慌」を助長させているとしか思えないのである。

問題先送り政策は、いわば「安楽死」政策である。〔…〕

政治、行政、企業から個人に至るまで、当事者能力の回復こそが、最悪のシナリオを回避するための第一歩ではないだろうか。

――第四章「失われた30年」の始まり

*

*

■ 行政不況|中森貴和|宝島社|2008 03月|新書|ISBN9784796662734

★★★☆☆

《キャッチ・コピー》

産業界の生殺与奪権を握る「霞が関」。日本経済が瀬戸際に立たされている時期に、経済を締めつけるような法改正ラッシュが起きている。行政はまさに最悪のタイミングで、最悪の政策を実施しているのだ。

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関川夏央■ 家族の昭和

20080706sekikawakazoku

昭和26年(1951)に公開された松竹映画『麦秋』は小津安二郎47歳の作品で、北鎌倉に住む中流家庭の物語である。〔…〕

家族には全盛期がある、といっている。

家庭をつくった当初は、子育てで忙しい。仕事もしざかりだ。子供たちは大きくなり生意気になるが、それさえ好ましい。まだ対人関係障害は家庭に侵入してはいない。引籠りも刃物沙汰も昭和20年代の日本にはない。

そうして家族は全盛期を迎える。だが、全盛期があれば落日期があるのはことわりだ。〔…〕

その落日期の家族像を、小津安二郎は昭和28年『東京物語』にえがいた。〔…〕

小津作品における笠智衆の老父の役名が、平山、曾宮、杉山と姓はかわっても名前はみな周吉であるように、原節子の役名は小津作品ではたいてい紀子である。小津安二郎にとって、周吉も紀子も、昭和戦前の文化を戦後に引継ぎつつ落日する中流階層の家族そのものである。〔…〕

家族の全盛期に下降期・落日期がつづき、そのあとには、親の死を契機とした「家族解散」がある。

小津安二郎最後の作品は、昭和37年の『秋刀魚の味』である。

――終章 家族のいない茶の間

*

*

■ 家族の昭和|関川夏央|新潮社|ISBN9784103876045200805

★★★

《キャッチ・コピー》

にぎやかだった茶の間。あの「家族」たちは、どこへ行ったのか―。向田邦子、吉野源三郎、幸田文、そして「金曜日の妻たちへ」…。「家族」の変遷から見た「昭和」の姿。

関川夏央■ 汽車旅放浪記

川夏央■ 女流――林芙美子と有吉佐和子

関川夏央■やむにやまれず

関川夏央■昭和が明るかった頃

関川夏央■白樺たちの大正

五木寛之■ わが人生の歌がたり――昭和の哀歓

奥成達/ながたはるみ■ 昭和30年代スケッチブック――失われた風景を求めて

東海林さだお■ ショージ君のALWAYS - 東海林さだおが昭和を懐かしむ

出久根達郎■ 隅っこの「昭和」――モノが語るあの頃

並木伸一郎■ 昭和の都市伝説

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武良布枝■ ゲゲゲの女房――人生は…終わりよければ、すべてよし!!