◆2009年おすすめ本

田沢拓也◆無用の達人 山崎方代

20091118tazawayamazakihousadai

それにしても、この人の「ふるさと」のような感じは不思議そのものだ。

話しているうち、この人は嘘つきなのだと鳥海は思う。嘘つきなのだけど、何だか心が癒される。まるで乾いた土に水や養分をもらうような気分はどこから生じてくるのだろう。

万代の嘘のまことを聞くために秋の夜ながの燠が赤しも

いくら対象を見たとおりに描いても、それで事物を表現できるわけではない。真実の表現を目ざすなら、そこに“薬のような嘘”を少しだけまぜる。

そうすれば自分の思ったとおりの表現ができる。それが万代の嘘と笑いの真髄なのだろうと鳥海はのちに思いいたる。

◆無用の達人 山崎方代|田沢拓也|角川学芸出版|ISBN9784043689033200906月|文庫

★★★★

《キャッチ・コピー》

家族も持たず、定職にも就かず、始末のつかない自分に悩みながら笑いとペーソスの文芸に磨きをかけた孤独と無頼の日々、そして一度だけあった「本当の恋」とは?虚言と奇行を繰り返しながら、短歌一筋に生きた異端の歌人ホーダイに迫る。

memo

「方代は、オレの短歌の半分以上は尾形亀之助と高橋新吉とフランソワ・ヴィヨンからの貰い物なんだよと口にした。彼らの作品からいろんなフレーズを記憶したりノートに書いたりしたんだ、と」(本文より)。

そういえば『もしもし山崎方代ですが』(2004)所収の「本と私」というエッセイに「六畳一間の寝台の上の机にのっているのはヴィヨンの詩集である。何かものうげに今日は、かたりかけて来る。うす汚れてはいるけれども私にとってかけがえのない大切な本である。もうかれこれ四十年の付き合いだ」とある。

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小林信彦◆黒澤明という時代

20091104kobayashikurosawa

改めて思うことだが、〈黒澤流ヒューマン・アクション〉が存分に発揮されたのは、「姿三四郎」(昭和18年)から「天国と地獄」(昭和38年)までであった長い時間が過ぎたから、冷静に判断できるのである。

太平洋戦争末期から公害まみれの東京オリンピックの前年まで――それが黒澤明という名の象徴する時代であった。敗戦・戦後から歪んだ高度成長まで、と言ってしまっては、単純化しすぎるのであるけれども。

そして、名前が巨大になり過ぎた。それ以後は、絵画的で静的な世界に沈んでいった。私はそう見ている。

◆黒澤明という時代|小林信彦|文藝春秋|ISBN9784163717203200909

★★★★

《キャッチ・コピー》

〈世界のクロサワ〉の全作品をその公開時に見ることをつづけてきた著者が書く、時代と格闘してきた映画作家の栄光と挫折、喜びと苦悩。

《memo》

“老いたり”の感つよく、リアルタイムで小林信彦の新著を読むのも残り少なくなってきたと思っていたが、映画の話となると“小林ぶし”衰えず。

橋本忍■ 複眼の映像――私と黒澤明

田草川弘■ 黒澤明vs.ハリウッド――『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて

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佐藤優◆交渉術

20091027sathokousyoujtyutu

「鈴木宗男を潰すことで頭がいっぱいで、外交について考える余裕がなかったのでしょう」

米原さんは、「そうねえ」と溜息をつき、こう続けた。

「それにしても外務省は、CIA、KGB並みの謀略能力をもっているのに、どうして本業の外交でその力を使わずに、自己保身や内部抗争のために使うのかしら」

「外務官僚にとっては、北方領土問題や北朝鮮の拉致問題を解決するよりも、鈴木宗男さんを叩き潰すことが省益と考えたからです。それだから、この闘いに外務省の英知を結集した。そして川口(外務)大臣と竹内(外務事務)次官が勝利したんです」

「どうしてそこまでして鈴木さんを潰す必要があったの」

「それは鈴木さんが知りすぎたからです」

◆交渉術|佐藤優|文藝春秋|ISBN9784163685809200901

★★★★

《キャッチ・コピー》

交渉を通じて、官僚としての佐藤優を再検証する。外交官として、官僚として、交渉の最前線で闘ったスリリングなメモワール、かつ実用書。

memo

マスコミでの評判とは全く異なる橋本、小渕、森という3人の総理大臣が語られている。この稿により森喜朗と加藤紘一とが和解したという。鈴木宗男VS外務省の深層も、畏友米原万里の意外な言動も明かされる。

佐藤優◆「諜報的生活」の技術――野蛮人のテーブルマナー

佐藤優◆外務省ハレンチ物語

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草森紳一◆本の読み方――墓場の書斎に閉じこもる

20091021kusamorihon

ダイアン・ジョンスンの『ダシール・ハメットの生涯』の中に、一日中、坐って本ばかり読んで外出しないスランプ中の彼に対する家政婦のローズの次のような発言がある。

「彼は本を読み終えるといつも、それを暖炉のなかへ投げこんだ」〔…〕

「彼はただ、それらの本と縁を切りたかっただけなのだ。ほかにどんな理由があるだろう? 本は火格子のなかでゆっくり燃え、ゆっくり焼け焦げ、やがてぱっと燃え上がる。彼は炎のそばに腰をおろし、燃えゆく本の誘いこむような光を浴びながら、スコッチをすこしずつ口に運ぶ

もともと彼は蔵書なぞに興味なく、積み上げた本の上に平気で腰かけるタイプであるが、この場合書けない自分をじっとみつめている所作だともいえるだろう。

――「大きな無花果の木」

◆本の読み方――墓場の書斎に閉じこもる|草森紳一|河出書房新社|ISBN9784309019284200908

★★★★

《キャッチ・コピー》

本を読む。読みたいから読む。やむにやまれずただひたすらに。読み疲れてまどろんだりしても、それも読書のうちである。ただその本とある時間と空間を愛するのみ。読書の歓びとは、本とある快楽の追求以外のなにものでもない。

memo

三餘、すなわち冬・夜・雨……。これが読書にふさわしい三つの余暇。三餘の故事を紹介し、読書は「三餘を以てすべし」の発想は、農耕文化のものだと説く。すなわち、冬・夜・雨は農業にとってお手あげの時である、と。著名人たちの読書にまつわる挿話23篇。エッセイの名品である。

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立川昭二◆年をとって、初めてわかること

20090905tatsukawatosiwo

文学作品はけっして絵空事ではない。それは「事実」以上に「真実」を物語っている。ということは「物語」は私たちのまわりに生きているのである。

そしていま、ここでつき合ってきた作者や作品の登場人物たちに別れを告げるにあたってあらためて思うことは、彼らが語ってくれたことはいずれもみな、彼らが年をとって初めて体験したことばかりであったということである。

「年をとって、初めてわかること」の中には「わからないことがある」ことも含まれている。

「わからない」ゆえに味わう驚き喜びというものもある。

                                 

人には、年をとって初めてわかる驚きがあり、年をとって初めてわかち合える喜びがある。老年こそは自己発見と相互再生の黄金の季節なのである。

◆年をとって、初めてわかること|立川昭二|新潮社|ISBN9784106036125200807

★★★

《キャッチ・コピー》

老いがもたらすものは喪失と寂寥ばかり?いや、老いたからこそ知る自己発見の驚き、人と分かち合う喜びが、そこにある。心と体。エロス。孤独。共生。愉しみ。看取り―思いもよらなかった「老い」の豊饒な世界を、名作文学のなかにしみじみと読み味わう。

memo

老いをあつかった小説ガイド。

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国末憲人◆サルコジ――マーケティングで政治を変えた大統領

20090713kunisuesarukoji

それまで、フランスの政権はエリート校のグランドゼコールを出た高級官僚によって牛耳られていた。〔…〕

国立行政学院(ENA)の出身者である。彼ら優秀な人々がすべてを仕切ることによって、フランス政治はエリートによって支えられている、との印象が定着していた。

サルコジは、このイメージの大転換を図った。〔…〕老練ですましたエリートの男たちでなく、アラブ移民二世やスポーツ選手出身の若く図々しい男女なのである。

フランスを支配するのは最早、親から財産と教育環境を受け継いだ受験勉強の秀才ではない。様々な分野で自らを売り込むことに成功した人々なのだ。

つまり、サルコジのように努力と野心ではい上がってきた成り上がり者たちなのである。

彼らに共通するのは、それぞれの人生がそのまま、注目に値する物語となっていることだ。

彼ら一人ひとりが成功者であるとともに、自らのサクセス・ストーリーを語ることもできる。そのような人物こそをサルコジも、メディアも、市民も求めていたのだ。

*

◆サルコジ――マーケティングで政治を変えた大統領|国末憲人|新潮社|ISBN9784106036361200905

★★★★

《キャッチ・コピー》

東欧移民二世の小男。結婚3回で妻は奔放なスーパーモデル。酒を呑まず、文化にも興味なし。私生活は世にさらし、公衆の面前で平気で他人を罵倒する─。「ストーリーテリング」というマーケティング技術を活用し、大衆の視線を常にひきつけるその政治手法を、気鋭のジャーナリストが解き明かす。

memo

「クリントン、ベルルスコーニ、ブレア、シュレーダー、サバテロ。彼らが登場した時、そのあまりの薄っぺらさにみんな驚いたものだよ。サルコジの登場でフランスもようやく追いついた(笑)」 (本書)。なるほど、日本の安倍や麻生、若い議員、知事連中の薄っぺらさも時代の必然だったのか。

バラク・オバマ/白倉三紀子:訳■ マイ・ドリーム――バラク・オバマ自伝

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辺見庸◆しのびよる破局――生体の悲鳴が聞こえるか

20090701henmissinobiyoru

「われわれはみな携帯電話を内蔵した存在になった」

とジャン・ボードリヤールが書いたのは早くも1990年代でしたが、事態はいま、文化論の象徴表現的次元をこえて、はっきりと現実化しています。

人間が携帯電話を身体に内蔵したような生きものになってしまったことは、秋葉原事件の青年だけでなく多くの人が認めざるをえない事実なのです。

ボードリヤールは「生活とイメージの過剰接近」や「時間的・空間的隔たりの無力化」により人間社会に「重大な混信状態」が生じるだろうと予言していますが、いまがまさにそれです。秋葉原事件はボードリヤールの予感の現実化ともいえます。〔…〕

いまや、ぼく自身が異様ともおもわないし、携帯を非常に多用して、依存もしている。〔…〕

すべてのコミュニケーションがじつのところ、なりたっているようでいて、「重大な混信状態」におちいっているとぼくは感じています。

――「端末化する生体」

*

◆しのびよる破局――生体の悲鳴が聞こえるか|辺見庸|大月書店|ISBN9784272330584200903

★★★★

《キャッチ・コピー》

NHK・ETV特集を再構成、大幅補充。金融恐慌、地球温暖化、新型インフルエンザ、そして人間の内面崩壊─。異質の破局が同時進行するいまだかつてない時代に、私たちはどう生きるべきか。「予兆」としての秋葉原事件から思索をはじめる。

memo

ジャン・ボードリヤール:フランスの社会学者

辺見庸■ いまここに在ることの恥

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山本一生◆恋と伯爵と大正デモクラシー――有馬頼寧日記1919

20090616yamamotokoito

原熈は教授に昇格し、頼寧は農商務省に入省する。

俊才が集まるといわれた農商務省に入ることができたのは原の尽力の賜物で、しかも辞めたのちの仕事まで世話してくれていて、頼寧にとっては文字通りの恩師であった。〔…〕

「なるほど。そういうことですか」と、原は応じる。「ご存知のように私は、学生のころから本人を知っていまして、よくわかっているつもりですが、有馬君は、そうですね、放蕩をしなければ、憂鬱病になってしまうようなところがあります」

「放蕩ですか?」

口元に微笑みを浮かべながら、倉吉は聞き返す。

「そうです、放蕩です。憂鬱病に陥るのを避けようと思えば、放蕩するしかないのです」

*

◆恋と伯爵と大正デモクラシー――有馬頼寧日記1919|山本一生|日本経済新聞出版社|ISBN9784532166366200709

★★★★

《キャッチ・コピー》

競馬「有馬記念」に名を残す有馬頼寧。社会運動に取り組む「華族の反逆児」は、許されぬ恋に悩み、爵位を捨てる覚悟までした。若き日の日記の行間から、大正という時代の実像を鮮やかに切り取ったノンフィクション。

memo

ネットによる古書販売がなかったころ、有馬頼義の本を求めて古本屋めぐりをし、昭和20年代以前の本を除きほぼ全著作を収集した。そのとき父・頼寧の「農人形」(1938)も頼義の序文があったため購入したことがある。こんな魅力的な人物だったとは……。

上坂高生■ 有馬賴義と丹羽文雄の周辺――「石の会」と「文学者」

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高橋五郎◆農民も土も水も悲惨な中国農業

20090610takahashinpomin

中国の国土は地形や水環境といった側面から考えると、決して農業には向いていないのだ。〔…〕

植物栽培ができる農地は吉林省、黒竜江省、山東省や江蘇省、安徽省など沿岸部の一部に集中し、ほかには四川省や陜西省など、山岳部にぽつりぽつりとある程度だ。〔…〕

アメリカの国土面積は約963万平方キロと、中国とほぼ同じだ。〔…〕国民1人当たりの耕地面積はアメリカの10分の1以下でしかない。

それでいて、13億の民(アメリカは3億人)の食を支えなければならないのだから、いかに中国の農業が実際の力以上に無理をしているかがわかろう。

それらの無理が、あらゆる問題を引き起こしており、その顕著な例が土と水の問題だ。

中国では土も水も、もはや「過労死」と表現しても大げさではない段階を迎えてしまっている。〔…〕。中国には日本やアメリカにはない、さらに深刻な事態が進行中なのだ。

*

◆農民も土も水も悲惨な中国農業|高橋五郎|朝日新聞出版|ISBN9784022732590200902月|新書

★★★★

《キャッチ・コピー》

中国経済の裏側は今、危機に瀕している。主因は「農業の崩壊」だ。中国農政研究の第一人者が7億農村住民の実態を赤裸々に伝え、中国に依存する日本の食糧問題を究明する。

memo

――「中国政府から睨まれませんか」「出入り禁止になるのではないでしょうか」というご心配を大勢の方々から頂きました。まあ、出る杭は打たれますが、出過ぎた杭は打ちにくいと言います。このくらいのことで門を閉じたら大国の名が泣くでしょう。(著者=日経ビジネスhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090605/196832/

井村秀文■ 中国の環境問題 今なにが起きているのか

竹内実◆中国という世界――人・風土・近代

杉本信行■ 大地の咆哮――元上海総領事が見た中国

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高橋源一郎◆大人にはわからない日本文学史

20090609takahashiotonaniha

おそらく、もっとも若い小説家たちは、ある意味でこの百年で初めて、口語に向かい合っているのです。〔…〕

口語というものはわかりやすく、文章語というものはわかりにくいという常識とは逆に、実は、わたしたちが喋っている口語というものにはほとんど意味がなく、いわば大半が単なる音であり、ノイズにすぎません。

しかし、わたしたちが、ほんとうはどこで、どんな場所で生きているのかと、自分自身に訊ねた時、答えとなるべき場所は、そんな、ノイズに過ぎない口語が生きる場所ではないのか。

若い作家たちの作品には、彼らのそんな意識が、色濃く反映しているのです。

*

◆大人にはわからない日本文学史|高橋源一郎|岩波書店|ISBN9784000271011200902

★★★★

《キャッチ・コピー》

過去の堆積としての文学史を語り直すでもなく、文学史と無関係に新しい小説を読むのでもない。かつてない変化のただ中にある、日本の「文学」。この国の「文学史」について考え、「文学」の未知の未来を探る。

memo

大江健三郎、開高健から後、純文学は痩せ続けて、いまや絶滅寸前と思っていた。が、どうも違うらしい。だからといって読みたくはないが……。

高橋源一郎/柴田元幸◆柴田さんと高橋さんの「小説の読み方、書き方、訳し方」

高橋源一郎■官能小説家

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